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vol.114 死者が大切に扱われる社会こそが、豊かな社会

本日もお越しいただき
ありがとうございます 
友資です




今回は「湯灌の儀」の実体験をもとに
現政権の緊縮財政の行き着く先
詩人の若松英輔さん、越知保夫さんの言葉も引かせていただきながら
「死者」を通して見えてくる
真に豊かな社会
を考えてみました




vol.114
死者が大切に扱われる社会こそが
豊かな社会

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「最愛の人の死」から読み解くアースフルネスのコーナーでした
今日も
ありがとうございました
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コメント

レスポンス早すぎます笑

バーソさんは本を読むのが早いですね、大変にうらやましい能力です。
安い本ではないのに、わざわざ購入して感想まで送ってくださって…頭が下がります。

そして、やはりバーソさんの視点から読み解くと、ぼくにはなかった若松英輔像が浮かび上がることも新しい発見で、改めてバーソさんのキリスト教への並々ならぬ造詣の深さを、身に染みて感じ入りました。


>しかし頭のいい人には特に、これが意外にできないのですよね。科学とは疑うことであると思っているような人は、信仰とは違う精神の波長があるようです。宗教心というのは素直な信じる心が一番大事なように思います。もっとも、これが極端になると、鰯の頭も信心から、になり、盲信になるのですが。

この部分は本当に、よくわかります。
「疑う」が科学であるなら、その対にある「信じる」の信仰と、水と油のように相容れない理由が、はっきり見えてくる気がしますね。
ぼくはこの両方を、どちらかに偏りすぎることなく大事にしていきたいです。
ただ、ここで言う「信じる」は、対象化できるようなものではない、死者のお話でも出てきたような、直接的な確信のような何かですね。


>他の人が述べたことがないことを独自に分析し解釈し理解したとか、あるいは霊界から特別に啓示を受けたというような内容の本なら面白いと私は感じます。

この言葉に、バーソさんのゆるぎない知的探求心を見る気がします。
これがバーソさんの思想やユーモア、書かれる記事や返答コメントの原動力たらしめるものなのだなと感服いたしました。
バーソさんは、老練されていながらなおかつ、とても若いですね^^

せっかく読んでくださったのに、お勧めした本がバーソさんをこころから楽しませることができず、申し訳なく思います。
確かに若松さんは新刊本にはあまり興味がないようで、新しい解釈を提示していくような作家ではなく、あくまで古典を守ろうと尽力されてる作家ですよね。言葉が厳粛でストイックなのも、だからなのかもしれませんね。
バーソさんがつまらなく感じた原因は、バーソさんもまた古典に対して造詣が深いことにもあるかもしれませんね。
ぼくはけっこういい年齢になるまで読書をまったくしたことがなく、古典にはほとんど触れて来なかったこともあって、若松さんのようなスタイルは古典や古典の持つ深みを知る入り口としてとてもありがたいです。
バーソさんの記事においても、たくさんの古典の学び(加えて遊び心も!)を得させていただきましたね。
それも現代の様々なトピックと結びつけながらの多角的な解釈、提示をしてくださるので、発見することばかりです。



最後いただいた言葉は、身に余るありがたいお言葉でした。
活動を続けてきたことをよかったと思うのと同時に、いずれ、政治、経済、歴史などの話に区切り?がついた際に、1の世界2の世界のお話などに更なるブラッシュアップをかけてみようという、意欲になりました。

バーソさんにはこれまで、
何度も助けていただいてもらっている気がしております。
いつもいつも、本当にありがとうございます。

承認待ちコメント

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イエス伝の読後感

『イエス伝』。熟読ではないですが、ざっと読み終えました。じっくり読まなかったのは、著者は外野から書いているように感じたからと、この本には特に新しい解釈や独自の分析がなかったので、あまり興味を感じなかったからです。まさに題名通りの伝記本で、それ以上でも以下でもないと感じました。

 とはいえ、内容は大変良いものです。よく調べて書かれています。霊的なことに関心のある研究者が他の宗教の考えや昔の著名な人の意見なども含めながらまとめた、現代の正統派聖書学者的な注釈による聖書の注解書であり、聖書を知りたい人には良い参考書だろうと思いました。

 ただ、私の場合は、かつて所属していた教団が、一世紀の原始キリスト教に近いもので、いま正統派教会からは異端とされ、聖書の一字一句に神からの霊感性を全面的に認めている極めて保守的な教団なので、たとえば「ヘロデが二歳以下の子供を殺した」と聖書に書かれていれば、現代の聖書学者が否定しようとしまいと、聖書に書かれてある通りに信じるという読み方をしてきたせいで、この『イエス伝』は、聖書を神の言葉だとは信じてないひとが書いたものだな、と読みながらあちこちで思いましたね。

 神とキリストを信じる信仰者が書いた、神への信仰や自分の霊性を高めるための信仰書ではないようですが、しかしながら、では牧師や神父などの信仰者が書いたキリスト教の本なら良いかというと、大抵はイエスを神様扱いして、その言動すべてを好意的かつ霊的に解釈し、宗教的な教訓的な書として、信徒の信仰や神への感謝を励ます精神論の話が多いので、それはそれで私には慣れ過ぎているせいか食傷気味になります。

 若松さんもそのあたりを認識しているようで。本の103ページから書かれているヴィヴィーエカーナンダの言葉の引用に表れています。
「求められているのは(聖書の学術的な研究ではなく)ただ山上の垂訓を感じることである。説教がなされた時期を論じるために書かれた数多くの言葉を読む必要はない。それらはすべて学者たちの楽しみに過ぎない。そうしたことは彼らにまかせておこう。私たちは「マンゴ」を食べようではないか」

 マンゴは食べなければ味が分からない。ここに聖書の読み方が言い尽くされています。以前、伝道で会った創価学会の人が、リンゴは見ているだけでは味が分からない。騙されたと思ってかじってみたらどうかと言いました。
 しかし頭のいい人には特に、これが意外にできないのですよね。科学とは疑うことであると思っているような人は、信仰とは違う精神の波長があるようです。宗教心というのは素直な信じる心が一番大事なように思います。もっとも、これが極端になると、鰯の頭も信心から、になり、盲信になるのですが。


『死者との対話』は読み始めてから10ページぐらいで挫折しました。読む意欲がなえました。10ページ程度しか読まずにそんなことを言ってはいけませんが、これも外野から書いた「まとめ本」のように感じました。私は大体が、特にスピリチュアルに関しては、いろいろな過去の研究者が調べて書いた本から知識を得て、それをまとめただけの本は面白いとは感じないほうなんですね。そうではなく、他の人が述べたことがないことを独自に分析し解釈し理解したとか、あるいは霊界から特別に啓示を受けたというような内容の本なら面白いと私は感じます。

 チャネリングで書かれたような本がそうですが、ただ、これも今一つ信憑性が感じられず、たとえば、やたらに人類への愛とか許しを語るだけの、曖昧な内容のことを語るだけの本も多いですね。天使や異星人からのメッセージを媒介して語っていると言っているブログも、漠然とした内容のものが多く、真理はこうこうこういうことだ?と明解に解き明かしているブログはほとんどないように思います。たまにあっても、その内容の一部に共感できない場合がよくあります。そういう意味では友資さんの、一の世界、二の世界の話はユニークで、ちょっと難しいですが、貴重なスピリチュアルブログだと感じています。ただ、最近は、この世の政治の話のほうに関心があるようですが。あ、別に悪い意味で言ってるのではありません。私もそうですから。精神論も大事ですが、実際の政治経済論もまた大事です。

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