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「明日のことは明日自らが思い悩む」 ~イエスと池田晶子~

本日もお越しいただき
ありがとうございます




ぼくが
拝読させていただいてる
ブログのひとつに
「バーソは自由に」
という
自身の豊富な経験や
勤勉な知性から
紡ぎ出される
信仰と真理への
あたたかいまなざしと
大人の品格や
さりげないユーモアを
感じさせてくれる
素敵なブログがあるのですが




マハトマ・ガンジー
「キリストが
山上の垂訓の中で
述べた教えについて
インドと英国が
意見の一致を見るなら、
両国の問題のみならず
全世界の問題も
解決することになるでしょう」

と述べたとされる
イエスの垂訓のなかの
こんな言葉を
最新記事で
扱われていたんですね



「明日のことまで
思い悩むな
明日のことは
明日自らが思い悩む
その日の苦労は
その日だけで十分である」
―――――マタイ6:34 新共同訳





ぼくは
イエスの
この言葉の中の
「明日のことは
明日自らが思い悩む」

という部分に
特に着目します




「明日」とは
地球が自転し
一度の夜を超えた
次の日の
「未来」
を意味する
人間で共有する
概念のひとつですが




「明日」が
人格を持ったかのように
「思い悩む」ことを
請け負ってくれる

とは
いったい
どういうことなのでしょうか




ぼくは
イエスのこの言葉に
釈迦(ブッダ)が
「私はいない」と説いた
「自己の不在」の教え

重ね合わせて
見ることを
避けることができません




「明日」のことは
明日自らが
思い悩む
ということは
「過去」のこともまた
過去自らが
思い悩む
ということを
意味することになり

つまるところ
このことは
「その日」のこともまた
実は
「その日自ら」が
思い悩んでいることに
ほかならなくなるんですね





おそらく
「そんなこと言われたって
思い悩んでるのは
疑いの余地なく
『自分』だし
『私』じゃないか」

というのが
多くの意見だと思います




ですが
「自分」
「私」
突き詰めていったなら──

『これ』が自分
『これ』が私
そう言えるものなど
ひとつもないことが
明確に
露呈することに
なっていきます





それでは
結局のところ
「自分」
あるいは
「私」とは
いったいなんなのでしょうか




かつて
池田晶子という哲学者が
こう言いました
※( )はぼくが足しました
o0387056711836955286.jpg
出典:ameblo.jp

(「自分」「私」を)
どこまでも疑っていくと、
「私を私と思っている『これ』」というのは、
実は誰でもない、
非人称の意識であるということに、
必ず気がつくことになります。
つまり、
私は誰でもない、
ノーボディ。
裏を返せば
「私はすべてである」
ということになります。


池田晶子著「人生のほんとう」





イエスのように
釈迦のように
そして
池田晶子さんのように
「自己の不在」を
知識としてだけでなく
体感的にも
感受した──
そのとき

そのひとは
「私はいない」
のと同時に
「すべてである」

という
「1」の世界
その扉の向こうへ

すでに
足を踏み入れています




怖い ですか?
恐れることはありません
その領域は
遅かれ早かれ
誰しもが例外なく
帰還する
ぼくらの故郷であり
真実のぼくらの姿
そのもの
です




みなさんが
ぼくが差し出した手に
ゆだねてくださるなら
その
もう片方の手を
イエスは
釈迦は
池田晶子さんは
多くの
「1」以上のビジョン
垣間見てきた
先人たちは
その人を
放っておきやしません




成功や失敗
幸運や不運
喜びや悲しみといった
「この世のものさし」が
土足では
踏み入れない
踏み入れさせない
豊かなものを
ともに
形作りましょう^^






今日も
ありがとうございました





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コメント

バーソさん

バーソさん、いつもありがとうございます。

いえいえ、これは実はカメラの傍に設置した、
大まかな流れを記したカンペをチラ見しながら話しております笑
そうでもしないと、今まで何を話していたか、これから何を話すべきか、
すぐに言葉が途絶えてしまうのです。

巧みだなんて、自分ではあまり思えないですね。
バーソさんの文章に接するたびに、
いつも自分の未熟さが露呈されることになります。

そういえば「劇団員」という印象もまた、
バーソさんの前に別な方からも同じようなコメントをいただきました。
そんなことを言われたのは今回の動画でのことが初めてで、
ちょっと意外に感じております。


ぼくは、バーソさんとのやり取りの中で、
「信仰」を通したものごとの見方と、
「哲学」を通したものごとの見方と、
二つの大まかなビジョンがこの世にはあるのだな、
ということを、理解しつつあります。



哲学者のスピノザが、
プロテスタントの内部抗争のさなか、
保守派とリベラル派の争いを見兼ね、
「信仰」と「哲学」を混同してはいけない、といった意味の書物を書き、
「信仰(聖書)」と「哲学(理性)」
両方の権威を守ろうとするのですが、
ぼくもまったくもって、そう思うんですよね。


ここに、
ぼくとバーソさんとで、
たどる道筋は互いに違うけれども、
目指しているところは同じところである気がすると、
バーソさんのブログでコメントさせていただいた、
その理由があります。


「哲学」という、
共通概念と自然から導き出す道筋。
「信仰」という、
物語と言葉から導き出す道筋。
ぼくが前者で、
バーソさんは後者なのかもしれないと、
そんなことを(僭越ながら)思いました。

明日は自らが思い悩む。

身分相応をはるかに上回る甚だ美的なる形容詞が羅列され、
こそばゆいような、どこかに穴を探したいような、
少し居心地が悪くなるような、妙な精神状態になりました。(笑)

言葉の言い回しが巧みでいつも感心させられますが、
普段からこういう言い方に慣れているのでしょうかね。
動画では原稿を一切見ないで穏やかに話されていて、
劇団員の朝のプライベート・シーンを見るようでした。

「明日のことは明日自らが思い悩む」の聖句についてですが、
おお、こんな解釈があるとは!と思って興味深く感じました。
私はブログでは神や信仰のほうに言及しないようにしたのですが、
参考までに、この聖句の(信仰者としての)解釈を書きますね。

文脈は、「野のユリを見よ。あの栄華を極めたソロモン王でさえ
これほど美しく装ってはいなかった」とイエスが述べている箇所です。
野の花々に神がこれほどまでに美しい衣を与えているのであれば、
まして人間に対して神が衣を与えてくださらないことがあろうか、
だから神が人間に気を配ってくださっている愛と力に信仰を抱いて、
日常生活に過度に不安を持たないようにしなさいと勧められています。

ですから、神は今日も明日も人間に常に目を掛けてくださっているので、
そういう意味では「明日自らが思い悩む」ように神が設定しているので、
その神の恩寵を信じよう、と一般のキリスト教徒は読むと思います。

むろん聖句や金言は、自分の心に感じたように受け取っていいわけで、
一人ひとりの人間は、じつは神の分身のようなものであり、
究極的には、「私」は「すべて」であると思うのは正解のように思っています。
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  「1」の世界(縁起の世界)についての解説 前編  後編
  「0」の世界(悟りの世界)についての解説 前編  後編

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