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本当の意味で自分を承認できる人間は、「自分」しかいない 「元AV女優」を生きる女性たちに見るアースフルネス 後編

昨日の記事
本当の意味で自分を承認できる人間は自分しかいない 
「元AV女優」の肩書きに見るアースフルネス 前編

の続きです




元AV女優で
現在は
主婦として
エッセイや小説を手掛ける
森下くるみさんは
image-original.jpg
出典:mubi.com



「いつか息子に
自分の過去を
知られたとき
どうするのか?」

しじみさんに問われると
「そんなの
殴り合いになっても
話すに決まってる
それ以外に
なんの選択肢があるの?」

といったことを
至極
当然のことのように
言い切ります




森下さんもまた
AV女優という
人生の道ゆきの中で
その道ゆきを
歩んだ者にしか
わからない
人間と
人間とで
織りなされる
たくさんの
悲喜こもごもを
味わってきた

ちがいありません




森下さんが
自らの過去を
どう受け止めているのかは
森下さん自身にしか
わかりませんが──




仮に
今なお
過去の自分に
負い目が
あるのだとしても
へんに
取り繕ったところで
AV女優として生きた事実
消えることはありません




であれば
過去の自分も
これからの自分も
ダメな自分も
みじめな自分も
承認されたい自分も
その生身を
まるごと
みずから
承認しながら
正々堂々
生きていくしかないし

それが
自分を承認してくれた
ご主人と
息子にできる
せめてもの
最善の向き合い方
だと
森下さんは
覚悟を
決めているわけです




番組終盤
約20年ぶり
面と向かって
母親と話すことになった
34歳のしじみさんは

中学時代に
母親と衝突し
完全に
口を閉ざすことになった
そのときから
長年のあいだ
根深く
自分を苦しめてきた
思いのたけを
吐露するのですが──





実は
母親もまた
しじみさんに対し
もっと
言えることや
できることがあったはずだと
根深い
懺悔の念を
つのらせてきたこと

家族には内緒で
陰ながら
しじみさんの
近年の女優業を
応援していたことを
しじみさんに
打ち明けます




アースフルなビジョン
働かせ
もっと早く
お互いが
ちゃんと向き合っていれば
しじみさんは
道を
踏み外さなかったかもしれない──
そう思う
読者の方も
あると思います




けれども
このこともまた
モーニング娘に見る「勝ち組」と「負け組」の流動性
の記事でお話した
「塞翁が馬」
そのもの




「1」の世界ビジョンから
見通すなら
しじみさんの道は
どう足掻こうとも
結局のところ
ひとつしかなかった
のです




この
あまりに長かった
不可視な
深い溝

これからの二人に
何をもたらすのか
それは
誰にもわかりません





ひとつだけ
確かなことは
不可視な
深い溝は
少なくとも今は
落下して
致命的ダメージを
負うほどには
深くはなくなり
2人は
昨日までよりは
お互いを
承認しあえるようになった

ということです




そして2人は
それでもなお
次なる承認を求めて
歩みを止めることは
ない
のだろうと
ぼくは思います




なぜなら
読者の風子さんが
コメントをくださったように
今日を
生き延びることだけで
精一杯の状況下に
置かれる人が
承認など
求めるどころでは
まったくない
のに対し




こうして
ネット環境を
利用しながら
便利で
安全な
生活が送れている
ぼくらが求める
欲求は

いかなる水も
必ずや
高い地点から
低い地点を
目指し
流れゆく
がごとく

現時点において
「満たされずにいる地点」を
求めて
流れていくほかに
選択肢は
ない
からです




そして
他者から
授かる
承認の光も
自分が求める
承認の光も

四季が
めぐるように
生と死とが
めぐるように
自分の意思とは
まったく無関係に
気ままに
うつろいゆきます


その光を
意のままに
とらえることは
いかなる賢人であっても
不可能
なことで




だからこそ
いつなんどきも
過去の自分も
これからの自分も
ダメな自分も
みじめな自分も
承認されたい自分も
その生身を
まるごと
みずから承認しながら
正々堂々
生きていくほかなく

そこにこそ
いつわりなき承認が
秘められていると




ぼくは
そう確信するのです






番組中盤に登場する
ピンク映画ひと筋
21年という
佐倉萌さんの
生き様がにじみ出る
そのたたずまいや
言葉もまた
森下さん同様
とても素敵でした
fc2blog_2018101313454513e.jpg
出典:asiapoisk.com



今日も
ありがとうございました




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コメント

風子さん

風子さん、今日もありがとうございます。

ほんとそうですね。
欲求の段階が上がれば上がるほど、、
幸せを感じれる感度まで変わってきちゃう。


期待を放棄するっていうことは、
ある意味この前の記事でいうところの、
「信じる」を放棄するのと一緒ですよね。

このどちらの概念にも、
「裏切り」という概念がついてまわる。

期待も信じるも、強ければ強いほど、
それが反転したときのダメージが大きいし、人間関係に致命的な亀裂まで作っちゃう。

けれども放棄も行き過ぎると、
うつ状態だったり、
ニヒリズムに陥りますよね。

なので、
偏りすぎないバランスを保ってくれる、
その諸刃を納めるさやが必要だと思うわけです。

そして、
「多角的な視点」を作っていくことが、
さやの役割を果たしてくれると
そう思うんです。

自ら承認してこそ他者が解かる

>便利で安全な生活が送れている
ぼくらが求める欲求は
いかなる水も必ずや
高いところから低いところを
目指して流れるがごとく
現時点において
「満たされずにいる地点」を求めて
流れていくほかにないからです

素晴らしい!
今どきの人々には、まさに真理ですねぇ。

戦争や飢え、戦後の貧しい暮らしを味わった人々は、ある意味、幸せです。
『生きている』『五体満足』『食に満たされる』……ただそれだけで感謝できるのですから。

『なりたい自分』を目指して、努力している自分、あるいはクリアできた自分を“承認”すればいいのですが……。

“期待は人間関係をダメにする”
“期待を放棄することは、無関心とは違う”
“期待を放棄して、ただ愛する”
言うは易し行うは難し、ですが、
少なくても、他者への期待を放棄すると、
人生は楽になります。(^_^ ;)
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アースフルネス「7」ビジョン

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