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「アースフルネス」とは? 前編

初めまして
このブログの筆者
友資(ゆうすけ)と申します。

東京にて
介護福祉士をしながら
毛がある生きもの少数と
毛がない生きもの多数に囲まれつつ
つつがなく暮らしております。






さて
自己紹介はほどほどに
さっそく本題へ。




「アースフルネス」とは




「グーグルアース」
「マインドフルネス」






このふたつのツールとメソッドを合わせた
ぼくの勝手な造語
そして新概念の提唱でもあります。






「アースフルネス」のくわしい説明の前に
そのもとになった片割れ
特に「マインドフルネス」のことを
知らない方が多くいらっしゃると思うので
その説明を少し。




マインドフルネス?
そんなのもうわかってるよ!
という方は
後編からどうぞ。







ちなみに「グーグルアース」
宇宙から見る地球の全体像から
地上を歩く人の顔を
判別できるレベルの精度で(実際はぼかされてます)
様々な位置や角度から
世界中を旅するように
探索することができる
グーグルが開発した
ネットツールです。








さて
いま

みなさんの肉眼が
ピントを合わせているもの
それはパソコンか
スマートフォンか
あるいはタブレットか
なにかしらの電子機器のモニターに映し出された
文字の羅列かと思われますが──





仮に目の前に
「リンゴ」が置いてあるとしましょう。



では
そのリンゴを手に持ってみてください。



そして
みなさんが持ちうる全感覚を総動員し
リンゴを感じてみてください。









重さや質感
香りや色合い
温度や湿度



加えて
リンゴに対して反応した
連想だったり
こころの動き



「食べたいなあ」
という欲求だったり
「蜜入りリンゴかなあ」
と中身が気になってみたり
人によっては
リンゴにまつわる過去の記憶
あるいは
未来に向けてのインスピレーションを
想起された方も
いらっしゃるかもしれません。






このようにして
生きている限り
避けがたく
オートマチックに
自らに起こりつづける
肉体的な感覚と
精神的な反応がささやく
あるがままの問わず語りを
能動的に観察し
気づきつづける




その試みを
最近では「マインドフルネス」と呼び
関連書籍も多く出版され
実践者は今や
世界中に分布し

一般個人はもちろんのこと
バスケの神様と呼ばれた
あのマイケル・ジョーダン
195196-004-5E6E14B4.jpg出典:britannica.com

世界ランキングトップクラスのテニスプレイヤー
ノバク・ジョコビッチなどのプロアスリート
novak-djokovic-dubai-tennis_3269733_convert_20180802145201.jpg出典:skysports.com


社員のストレス軽減
コミュニケーション能力の向上や
集中力や生産性などの
ポテンシャルを引き出すために
マインドフルネスを研修として取り入れる
そんな企業も多くあるそうです。

(ちなみにグーグルアースの生みの親
「GOOGLE(グーグル)」もまた取り入れているいち企業で
こんな本まで出版されています)







マインドフルネスは
現代的にアレンジされたメンタルメソッドで
特段に新しいメソッドというわけではなく
古代インドを起源とし
仏教の修行法としても発展を遂げた
瞑想法の現代版です。





ただ「瞑想」とだけ聞くと
座して静止するイメージが思い浮かびますが
静止することだけが瞑想ではなく
動きながらする瞑想法もあるんですね。




たとえば
上座部仏教や禅宗の修行者は
衣食住の日々の生活
そのすべてのリアルタイムにおいて
瞑想しつづけること
を試みます。
(マインドフルネスと禅とは
本質的に違うという見解もありますが
そのことについては
また別の機会に)





ではいったい
いつでも「瞑想状態」にあること
そうではないぼくたちの
いつもの日常生活
なにがちがうのか。





それはというと
「第三者的視点」のあるなし
違いがあると言えそうです。




どういうことかと言いますと
「観察」とは
観察する対象になる何か
そこになければ
「観察する」という行為はできません。





小学生のときにやった
アサガオ観察日記もまた
「アサガオ」という観察対象が
そこにあるからこそ
「観察する」という行為を
成立させることができます。





つまり
自分自身を
(たとえば)30センチくらい後ろから
冷静に観察している
もう一人の自分
がそこにいなければ
「自己観察(瞑想)」は成立しないことを意味します。







人は怒っているとき
怒っている自分を
観察する余裕などありません。

うれしいときも
かなしいときも
不安なときも
気分がのらないときも
思考や肉体活動は
その感情と一体化します。

「恋は盲目」と言いますが
盲目を誘発するのは恋だけにあらず
あらゆる感情が盲目を誘発するというのが
ことの真相のようです。







この盲目状態からの
早期の目覚め(あるいは気づき)
感情との一体化によって受ける
ダメージの軽減
精神的な落ち着きや安定感

などの効能を期待できるのが
マインドフルネスなんですね。

偏った感情に流されて
ぼやけて見えていたリンゴの
あるがままの姿が見えてくるがごとく
理性が感情を整理してくれるのです。






とはいえ
向き不向きがあるのは
もちろんのこと
仕事や学業競争に追われる日々に加え
動画サイトやモバイルゲーム
芸能ゴシップやネットショッピングなど

こころの隙間や傷を
(一時的にですが)埋めてくれる
万能快楽ツールを
ポケットから
いつでもどこでも取り出せる
そんな現代人ですから
よほど肌に合うと思えた人や
自己管理能力の下地がある人でなければ
長続きしないメソッドでもあります。





加えて
そもそも──




ぼくたち人間は
「純度100%のあるがままのリンゴ」
目の前で起きた現象や諸問題の
「純度100%のあるがまま」
見て取り
読み取り
感じ取ることができるのでしょうか?






できません。




なぜなら
昆虫たちや
鳥たちや
魚たちの身体機能でもって
感じ取れるリンゴが
人間とは同じではないように

「量子力学」の観点から
リンゴをとらえるなら
他の生命体や無機物と同じく
同じ粒子の集合体であるように

ましてや
同じ人間同士においても
リンゴの見え方や感じ方が
千差万別であるように──






純度100%のリンゴ
純度100%のあるがまま
純度100%の世界を見ることは
ぼくたち人間が
「人間肉体」と「主観」を持った「個」という存在である限り
未来永劫に不可能
なわけです。






ぼくは
マインドフルネスを
否定したいわけではなく

ただそれは
人生における学びと同じ
どこまでも果てなく
終わりなき旅であるということを
お伝えしたいだけのことです。






さて
次回後編は
ようやっと
「アースフルネス」のお話です

以下のタイトルを
クリックしてみてください

「アースフルネス」とは?後編




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