FC2ブログ

映画「君の名は。」に見る「常世(とこよ)」と「現世(うつしよ)」 前編

本日もお越しいただき
ありがとうございます




そういえば今日は
ハロウィンでしたね

メディアにとっては
福の神である
毎年恒例の
渋谷ハロウィン騒動が
ニュースを賑わすのでしょうね

ぼくは
仕事休みなので
かぼちゃのリゾットでも作って
家族三人
静かなハロウィンを
過ごしたいと思います





昨日の記事にて
「夕凪」というワードが
思い浮かんだ
そのとき
一昨年に公開された
映画「君の名は。」
「黄昏時(たそがれどき)」
シーンのことが
思い出されました
111題_convert_20181031143042
出典:www.hamanoyu.co.jp






日本神話
古神道から
言い伝えられていることが
「黄昏時(たそがれどき)」
あるいは
「夕暮れどき」こそが
この世と
あの世の
境界線であり




現世(うつしよ)である
この世界からの
常世(とこよ)への
門前である

ということです




それにしても
現世(うつしよ)とは
言いえて妙です



過去記事
チプルソが奏でる一人宇宙
「一人宇宙Ⅲ」-歌陽風月-

観点から
現世(うつしよ)という
言葉を
読み解くなら
現世(うつしよ)は
自分の姿のみを
映し出し続ける
鏡の世界
つまり
「映世(うつしよ)」とも
言える
からです




対する
常世(とこよ)の
常(とこ)

これまた
言いえて妙なんですね



「常(とこ)」は
「常しえ(とこしえ)」の
「とこ」でもあり
「常しえ」は
「永久(とこしえ)」とも
書きます

常世(とこよ)は
永遠なる実在
「0」の世界
意味する

言葉でもあるわけです




常世(とこよ)は
隠世(かくりよ)とも
呼びますが




これまた
あまりに
的確すぎて
スタンディングオベーションを
送りたくなるほどの
うまい呼び方です




なぜなら
「0」の世界が
人間肉体の
認識能力では
認識できないように
制限が設けられ
秘め事とされ
隠されているからこその
隠世(かくりよ)

とも
言えるからです




日本神話や
古神道の
とっかかりを作った
名もなき
古きクリエイターは
すべて
お見通し

だったのかもしれませんね




神社の
本殿や拝殿に
鏡が祀られてあることも
ぼくらが生きる
この「2」の世界
この映世(うつしよ)の
秘密を
こっそりと
示すための
古きクリエイターの
いたずらごころ──





だったとしたら
ちょっと
おもしろいですね






明日の後編は
映画「君の名は。」の中身に
もう少し踏み込みます





本日も
ありがとうございました
「Trick or Treat!」



人気ブログランキング
スポンサーサイト

「授かりもの」だけしかない世界だよ

子供は 
授かりもの

あたりまえのように
人はそう言うよね
 



なるほど確かに
そこに
異論の余地は
なさそうだ



 
それなら
じゃあ


 
過去
現在
未来
という
時系列があり
身体運動が
可能な
空間がある
重力がある
地面がある
それらのことは
どうだろう




昼間の
まばゆさ
夜の
静けさ
夕凪の
儚さ
朝焼けの
力強さ
それらのことは
どうだろう




風が
吹き
草木が
さざめき
雲が
棚引き
雨が
渇きをうるおす
それらのことは
どうだろう




暑い日が
あれば
寒い日も
あり
じめついた日が
あれば
からからな日も
ある
それらのことは
どうだろう




きみが
現存する
時代や場所
文化や社会があり
歩める道が
無数に
広がっている
それらのことは
どうだろう




きみを取り巻く
仲がいい人や
仲がわるい人
尊敬する人や
反面教師な人
疎遠になった人や
これから
出会うのだろう
誰か
それらのことは
どうだろう




さわれる
ということは
どうだろう

味わえる
ということは
どうだろう

聴こえる
ということは
どうだろう

匂いがする
ということは
どうだろう

見える
ということは
どうだろう

呼吸が
できる
ということは
どうだろう

記憶が
できる
ということは
どうだろう

理解が
できる
ということは
どうだろう

性衝動が
ある
ということは
どうだろう

好き嫌いが
ある
ということは
どうだろう

得手不得手が
ある
ということは
どうだろう

涙が
流れる
ということは
どうだろう





これまで
きみの
肉体活動を
支えてきた
水や空気
太陽光や月光
動植物
昆虫
微生物
あらゆる
自然物
あらゆる
人工物
それらは
どうだろう
 



きみが今
している仕事
学業
遊び
表現
生きる上での
あらゆる
活動
それらは
どうだろう




たえまなく
きみに
降りそそぐ
順境と
逆境
それらは
どうだろう



 
愛しあうことや
助けあうこと
憎しみあうことや
傷つけあうこと
生きる上での
あらゆる
こころのうつろい
あらゆる
体験と発見
ぬくもり
なつかしさ
明日への希望




それらは
本当に
疑いの余地なく
きみ自身が
自らの力によって
獲得した
個人の
所有物
であると
きみは
そう思うかい?



 
この世界において
授かりものではないもの
それを
きみは
言いえることが
果たして
できるだろうか




そしてその
この世の
すべての
授かりものを
とっぱらった
そこに残るもの


きみは
それが
なんだと
思うだろうか




もしも
きみがそれを
見つけたなら──
ぼくにも
こっそり
教えておくれよ
getting-your-dog-to-listen-to-you_convert_20181030124504.jpg
出典:www.dogtrainingbasics.com








詩で語る
アースフルネス
のコーナーでした



今日も
ありがとうございました





人気ブログランキング

「信じる」の障壁を超えてその人にふれる ~エホバの証人~

確か
一昨年のことです
キリスト教系の宗教組織
エホバの証人に属する
20代の女性の方と
ゆっくりと
お話ができる機会が
あったんですね

ぼくが彼女の
夜勤における
研修教育を任された
そんな出会いでした




このチラシは
彼女との別れ際
いただいたものです
IMG_20181028_101722_convert_20181028103958.jpg





宗教上の理由で
輸血することが
できないがために
我が子を
死に至らせてしまったり
輸血をほどこした医師が
訴えられてしまったり
といった
輸血にまつわる
社会的エピソードに加え




その教義内容や
過去に受けた
勧誘の印象など
掛け合わせつつ




排他的で
偏った世界観の
宗教組織
なのだろうと
主観イメージを
ぼんやり抱いていた
ぼくでしたが




彼女との出会いは
特定の宗教に
属する人々
すべてが
排他的な考え方を
持っているわけではないし

ぼくの
一方的な
思い込みであった面も
多々あること

気づかされる
出会いでもありました




きっかけは確か
ぼくが読んでいた
仏教に関する本でした




お互いの素性は
家族構成や
出身地程度しか
知らない
距離感の中
ふと
本に目を留めた
彼女は
興味深く
本の中身についての
説明を
ぼくに求めました




「新世界訳聖書」という
独自の聖典に
忠実にあろうとし
唯一神エホバ(ヤハウェ)
信仰する彼女

こともあろうに

「神は
人称化できない」

「肉体が
命をうしなうのではなく
命が
肉体をうしなう」

などという
ぼくの話に
睡魔の誘惑を
免れない
真夜中2時3時に
熱意を持って
耳を傾けてくれたんですね




社交辞令
だったかもしれませんが
彼女は
「ブログを
拝見したい」とも
言ってくれたので
ブログ名を
伝えた覚えがあります




その場では
多くを語らず
理解することに
つとめてくれていた
彼女でしたが
こころの内は
反論を禁じえない
強い信念が
あったに違いありません




「信仰」を
何より重んじる
その人にとって
「自らの命」と
同等でもある
それを
「理屈」や
「合理性」で
「正しい」とか
「間違ってる」とか
簡単に
割り切れるものでは
ない
んですよね




なぜなら
他の誰でもない
その「信仰」こそが
自分を
護ってくれているもの
自分を
救ってくれているもの
だから
です

たとえ
他者からは
そうは見えなくとも──




もちろん
宗教や信仰を
利己的な目的で
悪用する人間が
多くいることは
事実です




ときには
信仰のいさかいが
傷つけあいとなり
果てには
戦争にまで
発展してしまう
そんなケースが
少なくないことは
歴史が
証明しております




けれどもそれらは
宗教に限らず
すべての「信じる」に
言えることですが
相手が
何より大切にする
「信じるもの」を尊重し
その人もまた
「自分と同じ
ただの人間」
であることを理解し




その人が
そのことを
「信じる」までにいたった
「経緯」にこそ
「敬意」を払うならば




「考え方の違い」
「価値観の違い」
「宗教観の違い」
という障壁を超えて




ぼくたちは
お互いの
根源に秘めたる
この世を超越した
「不抜の愛」に
同時に
ふれることが
できる
のかもしれません
hands_convert_20181029111429.jpg
出典:hrringleader.com



今日も
ありがとうございました




人気ブログランキング

「人間の弱さと強さ」提婆達多(だいばたった)と樹木希林

本日もお越しいただき
ありがとうございます




昨日に引き続き
樹木希林さんの
話題なのですが
昨日の

時が来たら
誇りを持って
脇にどけ


の言葉が
紹介されていた
同じ記事の中で

「時が来たら誇りをもって脇にどけ」
女優・樹木希林さんの知られざる“生きざま”に迫る


これまた
希林さんアスってんな!
(アースフルしてる!)

と思える
素敵な発言が
掲載されていたので
ご紹介せずには
いられませんでした

以下に
抜粋します






「他人から見ると、私がちゃんとしていて、
夫がめちゃくちゃという風に見えるんですね。
実際にそうなんですけど、
仏典の中に釈迦が自分に背いて邪魔ばかりしている
提婆達多(だいばたった)というのがいるわけですが、
それがいたおかげで、
自分はこれだけのものを悟ることができたというくだりがあります。
自分にとって不具合だなっていうものの出会いはすべて、
その時の提婆達多だったと私が受け取るものですから。

もう一つ深く進んで行くと、
私の中にどうにもならない混沌とした汚れみたいなものが
内田さんというカッカカッカしているものにぶつかって、
清められているみたいな。
そういうものなんでね、
ありがたいと思っているんです」





IMG_0002_NEW_convert_20140818115011_convert_20181026212050.jpg
出典:missuniversejapan.com




これが
手塚治虫版
提婆達多

仏典によれば
釈迦(ブッダ)の従兄にあたる
人物です




諸説ありますが
手塚治虫が
描いた彼は
自己中心的で
排他的で
異種・多様性を
認めることができず
自分が一番
この世で優れていなくては
納得することができない
アースフルネス
「7」ビジョンにおける
「P1」ビジョンの比重が強い
代表的人物
とも
言えるかもしれません





他者の誰より
秀でた能力を
持っているにもかかわらず
ただ一人
自分よりも
上の能力を持つ
釈迦
の存在が
あらゆる煩悩
火だねとなり
彼を
苦しめ続けます




ねたみ
ひがみ
怒り
不安やおののきに
駆られながら
悪事に次ぐ
悪事を重ね
行き着いた先が
釈迦の
暗殺計画






上記の画像は
爪に猛毒を塗り
釈迦に飛びかかろうとする
その直前の
ひとコマです




このあと
つまづいて転んだ
剥がれた爪の
その傷口から
毒が浸入し
提婆達多は
自滅することになるのですが




ブッダが
最晩年に残した経典
「法華経」の中でのみ
提婆達多は
救われる(成仏する)といいます




そんな彼は
ある意味
誰の中にもある
人間の
普遍的弱さの
象徴
でもあります




けれども
人間は
普遍的強さの象徴
ブッダ

同時に宿した
存在です




希林さんは
内田裕也さんという
鏡を通して
自分の中の
提婆達多

向き合い
ぶつかって
ぶつかって
ぶつかって──





そして
提婆達多の
陰に隠れて
はっきりと
見えることのなかった
誰の中にも
秘められている
黄金(ブッダ)

掘り当てたのかもしれません





希林さんが
自分にとっての
逆境や
不遇にこそ
感謝の念を
向けることが
できていること

そのものが
そのことを
証明しているように
ぼくには見えました




簡単なことではありませんが
少しずつ
少しずつ
ぼくと一緒に
掘り進んで
いつの日か
自分だけの黄金
一緒に発掘しましょうね





今日も
ありがとうございました








昨日は
第七回目を迎える
「東北復興大祭典なかの」
行って参りました

ぼくの
小学校の頃の故郷
青森ねぶたの運行と
跳人(はねと)のみなさんを見るのを
とても楽しみにしていたのですが
私用で運行時間に間に合わず泣
福島の地ビールや
きりたんぽをいただいて
帰りました
いや~ウマかった嬉泣
(今日も
17時までやるそうなので
行ける方はぜひ!)
151084_convert_20181028094727.jpg





やっぱ
祭りって好きですねえ

来週末は
同じ場所で
「チャランケ祭り」があります

「祭りは天と地を継ぐ、
踊りは人と宇宙を継ぐ」

誰が考えた
キャッチコピーか知りませんが
なんて素敵なこと
言うんですかあなた


image.png

これは
なんとしても行こう




人気ブログランキング

「時が来たら誇りをもって脇にどけ」ケストナーと樹木希林

本日もお越しいただき
ありがとうございます





メーカー品を
装うための
架空?のメーカー名が付いた
5000円ほどの
中国製ビデオカメラ
届いたのですが…
あまりに
安っぽいし
使いにくいし
マイクを付けられないしで
なんとも残念な商品でした泣

必ずしも
アマゾンレビューで
高評価ばかりだからといって
いい商品かどうかは
わからないものですね

「信じる力」は使用上の注意をよく読み、
用法・容量を守って正しくお使いください 前編


もう少し
ちゃんとしたの買おう




今日は
昨日の記事
「豊かな死に方」を考えることは
「豊かな生き方」を考えること

まさに体現するような
そんな言葉を
あの樹木希林さんが
逝ってしまう
二ヶ月前という言葉に
見い出したので
ご紹介したくなりました





時が来たら
誇りをもって
脇にどけ





エーリッヒ・ケストナーという
ドイツの詩人の
言葉なのですが
Erich-Kaestner-3_convert_20181026204539.jpg
出典:www.welt.de




希林さんの口から
語られても
「え?希林さんの言葉でしょ?」
と思ってしまうくらいに
あまりに
しっくりくる言葉ですね




人生を愛せよ
死を思え
時が来たら
誇りをもって
脇にどけ
一度は生きなければならない
それが第一の掟で
一度だけ生きることが許される
それが第二の掟だ





これが
ケストナーによる作品
「警告」
全文です




ぼくもまた
第三の掟
胸に秘め
「自分の役割は
ここまでだ」

確信に至る
そのときまでを
一度だけの
この人生を
大切に愛し
大切に思い
豊かなビジョンでもって
いさぎよく
生ききりたいものです





今日も
ありがとうございました





人気ブログランキング

アースフルネス「7」ビジョン

画像をクリックすると拡大します
ここをクリック

プロフィール

 友資

このブログの筆者: 友資


初めて訪問された方は、
初投稿記事
  「アースフルネス」とは? 前編
をクリックいただけましたら幸いです。

以下の
アースフルネス「7」ビジョンについての解説は、
哲学やスピリチュアルに馴染のない方は
難しく感じるかもしれません。
わからないところがあれば、遠慮なく質問してください。

  「2」の世界(因果の世界)についての解説
  「1」の世界(縁起の世界)についての解説 前編  後編
  「0」の世界(悟りの世界)についての解説 前編  後編

いずれもこのブログの
骨格を成す記事で、
このブログだけの「公理」でもあります。

ランキングに参加しております。

入力した語句が含まれる記事を探せます。

ツイッターもやってます。

直接に伝えたい用件がある方はこちらからどうぞ。

名前:
メール:
件名:
本文:

QRコード

QR