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見えるものと見えないものは「道(タオ)」の胎内で踊り続ける『老子道徳経』養身第二

前回の
「老子の言葉」のコーナーでは
全81章から成る
「道徳経」という書物の
第1章を
ご紹介しましたが
今回は
第2章
アースフルネス流に
訳してみました





天下皆知美之爲美

斯惡已

皆知善之爲善

斯不善已

故有無相生
難易相成
長短相形
高下相傾
音聲相和
前後相隨

是以聖人
處無爲之事
行不言之教

萬物作焉而不辭
生而不有
爲而不恃
功成而弗居

夫唯弗居
是以不去




『老子道徳経』全81章
養身第二






誰しもみんな
「美しい」という
言葉の意味を
知っているけれども
それだけではまだ
ちっとも
美しくなんかないんだ




誰しもみんな
「よい」という
言葉の意味を
知ってるけれども
それだけではまだ
ちっとも
よくなんかないんだ




「醜い」
存在しなかったなら
「美しい」
存在することができないし



「わるい」
存在しなかったなら
「よい」
存在することができない



だから
「形あるもの」
存在しなければ
「形なきもの」
存在できないように



「困難」
「簡単」
もっともちかしい
友人なんだ



「長い」
「短い」
もっともちかしい
友人なんだ



「高い」
「低い」
「低い」
「高い」にしか
寄り添うことができないよ



「音」は常に
振動することによって
音たりえるし



「まえ」
「うしろ」
「うしろ」
「まえ」
言うことにしか
耳を貸さない



この「2」の世界
すべてのものが
そういうふうにできてる




そのことを理解した人は
幸運とか
不運とか
いいとか
わるいとかの
レッテルを
やたらめったら
貼りつけないし



いかなる成功も
自分の力で
成しえたことではないことを
理解しいるがゆえに
過ぎた栄光に
頼ることなく
しがみつくこともなく
もくもくと
次なる
やるべきことへと
向かうんだ

130317advice-for-first-job01-w960_convert_20190116135716.jpg
出典:www.lifehacker.jp






老子の言葉のコーナーでした
今日も
ありがとうございました


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「スピノザの神」を愛したゲーテ

本日もお越しいただき
ありがとうございます




「スピノザの神」を信じたアインシュタイン

ニーチェが歩んだスピノザとの「二人連れの孤独」
の記事では
ほとんど
タイトルどおりのことを
お話させていただきましたが




スピノザ哲学は
直接的に
その中身に
触れていくよりも
その周辺から
間接的に
核(コア)に迫っていくのが
読者のみなさんを
置き去りにしない
最善作かなと
そんな気がしております




そんなわけで
本日もまた
スピノザ萌えな
先人を一人

18~19世紀の
ドイツを代表する
詩人
劇作家
小説家
自然科学者
政治家
法律家と
広い分野で活躍した
文豪ゲーテです
johann-wolfgang-von-goethe-16_convert_20181222144836.jpg
出典:chasethekangaroo.wordpress.com




ゲーテは
17世紀オランダの哲学者
スピノザから受けた
その影響を
友人である思想家
ヤコービ
こんなふうに
話します




たしかにそれは不完全なものであり、
とり急いでのものではあったが、
私はすでにそれによって
重大な影響を受けていた。

あれほど決定的な働きを私に及ぼし
私の考え方全体に
あれほど大きな影響を及ぼすことになった
この精神はスピノザであった。

すなわち、
私は私の特異な本性を陶冶(とうや)する手段を
くまなく探し求めた結果、
ついに
この人の『エチカ』に出会ったのであった。

私がこの書物から何を読み取ったか、
この作品に何を読み込んだかは
説明することができない

要するに私はこの書物に
私の情熱を静めてくれるものを見出したのであった。

感性的、道義的世界に対する
大きな自由な展望が開けるように思えた。

しかし特に私をとらえたのは、
全ての章句から輝き出る
彼の限りない無私の精神であった。
「真に神を愛する者は、
神に愛されることを願ってはならない」という
あの驚くべき言葉は、
それが基づいているあらゆる前提 、
そこから生ずるあらゆる結果とともに、
私の思惟のすべてを満たした。

「詩と真実 第三部」
ゲーテ著 山崎章甫訳






ところが
スピノザ哲学の研究者
河村厚教授

上記のゲーテの言葉に
スピノザの原文を
若干ですが
その出典個所を明記せず
変奏(改変)した個所が
あることを指摘します
関西大学学術リポジトリ



「真に神を愛する者は、
神に愛されることを願ってはならない」

河村教授訳では
「真に神を愛する者は、
神が自分を愛し返すことを
求めてはならない」
(Wer Gott recht liebt, muß nicht verlangen, daß Gott ihn wiederliebe.)





という部分を
スピノザは
「神を愛する者は
神が自分を愛し返すように
努めることができない」
(Qui Deum amat, conari non potest, ut Deus ipsumcontra amet.)



『エチカ』第5部定理19
書き記しているのです



一見すると
ちょっとした違いですが
ぼくの私見では
「重要な違い」です




なぜなら
スピノザが示した神は
「こうしなければならない」
「ああしなければならない」
といった
「定言命法(命令形)」の言葉を
まちがっても
口にすることがない
神だからです





「エチカ」とは
日本語で
「倫理学」と訳せますが
「~すべき」とか
「~せよ」といった
言い回しがいっさいない
倫理(人が歩むべき規範の筋道)学
だなんて──

ちょっと
いや だいぶ
ぶっとんでます




スピノザは
ゲーテが言うように
貫徹された
無私性でもって
神を表そうとしました



ところがゲーテは
スピノザの無私性に
こころ打たれたと
語った直後に
それとは逆行する
むきだしの「私性」を
うっかり?
露出してしまった
というわけです





もうひとつ
ゲーテは
スピノザの神から
獲得したものを
言葉にして
「説明することができない」

そう語っておりましたが




ゲーテの
言いたいことは
ぼくも痛いほどに
よくわかります

なぜなら
それが簡単に
誰にでもわかるように
説明できるものなら
とっくに
ゲーテのような文豪や
後任の哲学者たちに
説明し尽くされ
「1」の世界のビジョン
教科書に記され
ぼくがこのブログを
立ち上げることもなく
語るべきことはもう
何もなかったはずだからです





スピノザ哲学を
誰にでもわかるように
説明できるということは
「1」の世界を
誰にでもわかるように
説明できるということと
イコール
ですからね




けれども
1+1=2のように
理屈で
誰にでもというのは
難しくとも

ゲーテがふれた
直感的で
本質的な部分
なら
多くの人に
お伝えできると
そう思うんですよね





何を隠そう
「1」の世界は
「縁起」の世界
釈迦(ブッダ)の思想である
「それ(縁起)」と
イエスの神が
根付いた
ここ日本
でなら
可能性は
なくはないと
そんなことを思う
今日この頃です




今日も
ありがとうございました



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「唄うべき歌は今なお唄い続けている」アリとキリギリス

本日もお越しいただき
ありがとうございます




アリとキリギリスと言えば
働くこともせず
遊んだり昼寝をしたり
唄ってばかりいながら
あたたかい季節を過ごした
キリギリスに対し

せっせと働き続け
寒い季節に向け
食料を備蓄することに
毎日を費やす
アリがいて

冬になって
食べるものがなくなり
飢えたキリギリスが
アリのもとを訪ねる
という物語ですが
natsume-isoppu-ari_convert_20181217122432.jpg
出典:www.geocities.jp





アリとキリギリスの物語は
もっと暖気に生きてみませんか?という
最近お見かけした
志が高く
濃密な文量と内容で
理性的なスタイルの
素敵な精神世界ブログによると
古代ギリシャの寓話作家
アイソーポス
という人物が
その始まりのようです
320px-Velázquez_-_Esopo_(Museo_del_Prado,_1639-41)
出典:ja.wikipedia.org




元来は
アリとセミの
物語
だったものが
セミがいない
ヨーロッパ北部などで
物語が伝えられる際に
セミとキリギリスとが
バトンタッチされたようですね




寓話集はのちに
キリスト教の学者たちに
翻訳され
キリスト教の宗教観に沿った
教訓や道徳的な意味での物語
として
ヨーロッパ中に
広まっていったそうなんですね




そうして
渡来した宣教師によって
日本にまで
伝来し
江戸時代には
日本昔話風の
アレンジがほどこされ
明治期には
英語版が和訳されたり
教育勅語発布から
敗戦まで
道徳教育の教科書として
浸透していった
その結末が

訪ねてきたキリギリスを
不憫に思ったアリが
食料を分け与える
という
直球ど真ん中な
道徳的結末
なのですが





本来の結末は
「夏のあいだは
ずっと歌っていたのだから
冬のあいだは
踊っていればいい」

アリがキリギリスを
無下にし
キリギリスは餓死する
というものだったそうです──




そして
死の間際
キリギリスが遺した言葉が
こうでした

「唄うべき歌は
唄いつくした
私の亡骸を食べ
君は生きのびればいい」





ぼくは
キリギリスのこの発言に
「死」への恐れ
感じさせない
「1」もしくは
「0」の世界のビジョン
禁じ得ません




「納得」が
のちのその人の人生を支える

とは
「ちゃんと自分という人間でいられる場所」
乳腺外科医・明石定子

の記事における
明石医師の言葉ですが




生とは何か
死とは何か

という
体感的な
納得を得た
その人は
いつこの身が滅びても
悔いはないし
「死」を恐れることもない

という心的状態に
必然的に導かれ
それを支えに
生きることになるからです




ぼくもまた
かっこつけるわけではありませんが
「唄うべき歌は唄った」
と思う
そんな一人です



ここでいう
「唄うべき歌は唄った」とは
「この先
やるべきことは
何もないし
ただただ
死を待つのみ」

ということを
意味しません




いつなんどき
心肺停止のときを
迎えようとも
それが
「たられば」なき
最善の
自分の物語であることを
骨身で
理解したからこその
「唄うべき歌は唄った」
もしくは
「唄うべき歌は
今なお唄い続けている」
という
毎日が
「始まりと終わりが
同時進行する形の
現在進行形」
なのです





そうは言っても
「痛み」に対する
恐怖はありますし
「苦しみ」に対する
恐怖もまた
ないわけではありません

それがないケースが
いち人間にあるとすれば
薬物的な作用か
火事場のクソ力のような
危機回避のための
一時的な
フルスロットル作用の瞬間だけ
と言えるかもしれません



あくまで
「自己(友資)の消滅」という
意味においてのみ
恐れがない
のです




ぼくは
こうしたビジョンを
体得する気づきを経て
「生きる」ということが
とても楽になりました

その気づきによって
想定外の
新たな重荷を
背負うことにもなりましたが

その荷物は
宙に浮きすぎて
放っておけば
風船のように
どこまでも上昇してしまう
地に着かない足を
地にとどめておくための
最低限の
重り
のようなもの


それ以前の
押しつぶされそうなほどの
心的状態に
比べたなら
とても自由で
とても軽やかな
晴れ晴れした
心もちです





アリが
生きながらえるために
そのために必要なものを
蓄えることを
ひたすらに続ける
一生を送るように

人間は
「死」への恐怖から
「死」への納得が
得られないがために
未来や老後の
不安や恐怖心で
いっぱいになってしまう
生きもの
でもあります





かと言ってぼくは
アリをバカにすることは
決してできませんし
キリギリスが
優れているとも
特に思いません

キリギリスに
食べ物を分け与えなかった
こころない行動も
キリギリスのような
「今に生きる」というビジョンを
持たないアリですから
アリにはアリの人生観(虫生観?)があり
それもある意味では
仕方がないことです




自分のために
子供たちのために
来たる未来に備え
地道にコツコツと
うんざりするような
退屈で似通った日々を
耐え忍び
積み上げていくことも
ときには
大切なこと
だからです




キリギリスのように
死をも恐れず
自由に
今この
ありのままの瞬間に
身を投じ
味わい
生と向き合い

アリのように
過去に学び
未来に備え
堅実に
小さな歩幅でも
それを積み重ねながら
生と向き合う




このどちらもを
おのおの
できうる範囲で
大切に生きることこそが
アースフルネスライフへの
道しるべ
であると
そんな気がしてなりません




今日も
ありがとうございました






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「私はすべてである」その理由と「1」の世界について

一昨日の記事
「明日のことは明日自らが思い悩む」
~イエスと池田晶子~
を受けて
ツイッターのほうから


私は誰でもない

はなんとなーく分かる。けど

裏を返せば
「私はすべてである」

にどう繋がるのかその間のことが解らなくて、
なんだこんな難しい話はムリ
って思ってしまうんだと思います。



というダイレクトメールを
読者の方から
いただいたのですが
その方が
そういう気持ちなら
他の多くの読者のみなさんも
同じ気持ちかもしれないと
思い立ち
急きょ
今日の記事を
書き上げるに至りました




置いてけぼりにされたと
感じた方は
申し訳ありませんでした

今日の記事で
伝わるといいのですが
仮にもし
今日も伝わらなくとも
自分を卑下したり
自分には縁がなかったんだな

なんて
思う必要性は
まったくないです



まず第一に
それは
ぼくの力不足
ですし

第二に
ぼくが発信している
言葉やメッセージ
特に
「1」や「0」の世界の
お話は
なかなか水が
滲み込んでいかない
石のように固いスポンジに
長い月日をかけて
時間をかけて
ゆっくりじっくり
水を滲みこませていくような
そんな過程を経ないと
知識から⇒体感へ
そしてさらに深くへと
浸透して行かないような
人間の
もっとも根源的なところの
お話
なので

ほんの短い期間で
「もういいや」となることは
とても
もったいないことのように思います




なのでこれからは
メルマガと動画を併用しながら
みなさんとともに
「こう言えば伝わるんだな」とか
「こういう言い方だと
独りよがりになっちゃうんだな」
とか
「そうかそういう見方もあるのか」
ということを
読者のみなさんから
教えていただいたり
学んだりしながら
ともに成長していきたいなと
考えている次第です




さて
池田晶子さんや
釈迦(ブッダ)がいうところの
「私はいない」
自分の「肉体」と「精神」
そして
そのふたつを超えた
この世界にあるもの
どれを照らし合わせてみても
「私」と呼べるものは
見当たらない

といった意味が
含まれているのですが




「過去」「未来」
「善」「悪」
「生」「死」
「男」「女」
「幸運」「不運」
「明るい」「暗い」
「熱い」「冷たい」
「始まり」「終わり」
「上」「下」
「右」「左」
「高い」「低い」
「長い」「短い」
「うれしい」「かなしい」
「早い」「遅い」
「進む」「戻る」
「好き」「嫌い」
「白」「黒」
「入る」「出る」
「あなた」「わたし」
「引力」「斥力」
などなど
隣り合わせの
ふたつのペアが
複雑にからみあい
骨組みを成しているのが
この「2」の世界です





すべてのものを
照らし合わせてみても
「私」と呼べるものが
見当たらない
ということは

そのペアとして
すべてのものが
「私」と呼べるものとして
見当たってしまう

ということが
ペアのもので構成された
この「2」の世界においては
もう片方の骨組みとして
同時に含まれることを
意味することになります



聞く人によっては
単なる言葉遊びのようにも
聞こえてしまうかもしれないのですが
新約聖書に
「初めに言葉があった」
と記されるだけの力が
「言葉」には
やはりあるんですよね





そして
いま一度
「私はすべてである」の世界
「1」の世界
についての
説明記事の
その一部を
以下に引きます
(お時間がある方は
後編もぜひ)




ポケットがひとつもない
宇宙規模の大きさの
立体的な円形の
ビリヤード台があると
想像してみます
Helix-Nebula_convert_20180924130002.jpg




そこには
無限にも等しい数の
無数の球が
(何者かによって)
セッティングされていて──
banner2_convert_20180924130014.jpg
https://cuestix.com/">出典:https://cuestix.com/




最初の
ひと突きが
起こった
その瞬間に──

台の中の
すべての球は
台の端にある球から
その反対側の
端にある球にまで
影響をおよぼし
また
どの球も
転がってきた
他の球から受ける
その影響を
決して
避けることができません




「空間」もまた
球ですし
「こころ」もまた
肉体を超えて
他の球から
ぶつかられたり
ぶつかったりを
えんえんくりかえす




それならば
「一個の球の動き」
「一人の人間の
そのときどきの
思考や感情や行動」

決定づけているものとは
いったい
なんだと言えるのか



それはというと
「私」以外の
すべての球の
相互のぶつかりあいが
「私」という一個の球の
その動きのすべてを
決定づける

ということになるのですが




厳密に言うと
「私」は
もっともっと
細分化することができます





脳や臓器
腕や足
骨格や性器
様々な肉体パーツが
数多の細胞によって
構成されております
人間の肉体ですが
もし
この一個一個の細胞もまた
「球」だとするなら

さらにその
一個の細胞を
構成する
あまたの素粒子もまた
「球」だとするなら

「今夜はキムチ鍋にしようかな」
「明日仕事行きたくないなあ」
「え~とこの問題は
この式を使ってこうやって…」

といった一個一個の
気持ちや感情
思考や創造の過程もまた
「球」だとするなら──

「私」と呼べるものは
やはり
どこにも見当たりません





けれども
大海にできた
ひとつの小さなうず
であるかのように
2d333f263d11e1b06a11ffb6cf3a4ae1--sea-shells-snails_convert_20181214134730.jpg
出典:pictasetex.pw



「海」の中の一部として
形成された
「私(うず)」は
言うまでもなく
外の他の
人間や森羅万象(海であり他のうず)から
切り離され
なんの影響も受けない
完全に独立したものとして
存在することは

「海」の中の「うず」
あるいは
「箱(宇宙)」の中の「球」として
停止することなく
相互に影響しあう
この世界の法則(縁起の法則)にあっては
起こりえないことで




球のぶつかりあいによって
存続できている
「私」は
その「私」以外の
すべての球にもまた
影響を与えている
だからこその──

「私はすべてである」であり
アースフルネス「7」ビジョンにおける
「1」の世界の
「宇宙全体」が「個人」の「運命」を切りひらくという認識

なのです
アースフル7ビジョン完成形_convert_20180923154229




「1」の世界の説明は
つくづく
難しいです

メルマガ動画で
果たして
どこまで伝えることが
できるのか
ほどよいプレッシャーを感じつつも
なんだか
わくわくもしますね^^




今日も
ありがとうございました





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「明日のことは明日自らが思い悩む」 ~イエスと池田晶子~

本日もお越しいただき
ありがとうございます




ぼくが
拝読させていただいてる
ブログのひとつに
「バーソは自由に」
という
自身の豊富な経験や
勤勉な知性から
紡ぎ出される
信仰と真理への
あたたかいまなざしと
大人の品格や
さりげないユーモアを
感じさせてくれる
素敵なブログがあるのですが




マハトマ・ガンジー
「キリストが
山上の垂訓の中で
述べた教えについて
インドと英国が
意見の一致を見るなら、
両国の問題のみならず
全世界の問題も
解決することになるでしょう」

と述べたとされる
イエスの垂訓のなかの
こんな言葉を
最新記事で
扱われていたんですね



「明日のことまで
思い悩むな
明日のことは
明日自らが思い悩む
その日の苦労は
その日だけで十分である」
―――――マタイ6:34 新共同訳





ぼくは
イエスの
この言葉の中の
「明日のことは
明日自らが思い悩む」

という部分に
特に着目します




「明日」とは
地球が自転し
一度の夜を超えた
次の日の
「未来」
を意味する
人間で共有する
概念のひとつですが




「明日」が
人格を持ったかのように
「思い悩む」ことを
請け負ってくれる

とは
いったい
どういうことなのでしょうか




ぼくは
イエスのこの言葉に
釈迦(ブッダ)が
「私はいない」と説いた
「自己の不在」の教え

重ね合わせて
見ることを
避けることができません




「明日」のことは
明日自らが
思い悩む
ということは
「過去」のこともまた
過去自らが
思い悩む
ということを
意味することになり

つまるところ
このことは
「その日」のこともまた
実は
「その日自ら」が
思い悩んでいることに
ほかならなくなるんですね





おそらく
「そんなこと言われたって
思い悩んでるのは
疑いの余地なく
『自分』だし
『私』じゃないか」

というのが
多くの意見だと思います




ですが
「自分」
「私」
突き詰めていったなら──

『これ』が自分
『これ』が私
そう言えるものなど
ひとつもないことが
明確に
露呈することに
なっていきます





それでは
結局のところ
「自分」
あるいは
「私」とは
いったいなんなのでしょうか




かつて
池田晶子という哲学者が
こう言いました
※( )はぼくが足しました
o0387056711836955286.jpg
出典:ameblo.jp

(「自分」「私」を)
どこまでも疑っていくと、
「私を私と思っている『これ』」というのは、
実は誰でもない、
非人称の意識であるということに、
必ず気がつくことになります。
つまり、
私は誰でもない、
ノーボディ。
裏を返せば
「私はすべてである」
ということになります。


池田晶子著「人生のほんとう」





イエスのように
釈迦のように
そして
池田晶子さんのように
「自己の不在」を
知識としてだけでなく
体感的にも
感受した──
そのとき

そのひとは
「私はいない」
のと同時に
「すべてである」

という
「1」の世界
その扉の向こうへ

すでに
足を踏み入れています




怖い ですか?
恐れることはありません
その領域は
遅かれ早かれ
誰しもが例外なく
帰還する
ぼくらの故郷であり
真実のぼくらの姿
そのもの
です




みなさんが
ぼくが差し出した手に
ゆだねてくださるなら
その
もう片方の手を
イエスは
釈迦は
池田晶子さんは
多くの
「1」以上のビジョン
垣間見てきた
先人たちは
その人を
放っておきやしません




成功や失敗
幸運や不運
喜びや悲しみといった
「この世のものさし」が
土足では
踏み入れない
踏み入れさせない
豊かなものを
ともに
形作りましょう^^






今日も
ありがとうございました





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