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「すべて」が「私のすべて」 映画「スワロウティル」

本日もお越しいただき
ありがとうございます




先日相方が
岩井俊二監督作
映画「スワロウテイル」
見ていたのを
チラリと
盗み見したのですが
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出典:cinemarche.net




改めて
1996年当時に
こんなにも
エキゾチックな手触りと
人間愛にあふれた
独自の
豊かな世界観を
日本映画として
構築した
岩井監督の手腕は
すごいなあと思いますね




それと
キャスト全員のキャラが
二度と
忘れられなくなるくらいに
立っていることも
この映画の特徴です

渡部篤郎さん
男前ですね
Swallowtail_3_convert_20181113115116.jpg
出典:eiga.michao.jp



上海マフィアの
ボスを演じる
江口洋介さんや
その部下で殺し屋の
マオフウもまた
魅力的です
CfIVYa7UYAAg52L.jpg
出典:twitter.com/rietanosa
DOKtBpYVQAAvgHO.jpg
出典:twitter.com/takinamiyukari




何度も見てきた
この映画ですが
今回
意識にとどまったシーンが
ただ一人の
家族である
母親を喪い
路頭に迷う少女
主人公アゲハ(伊藤歩)
親身に
あたたかく寄り添う
歌手のグリコ(CHARA)
「月並みだけど
グリコにとって音楽ってなに?」

インタビュアーに
質問された際に

「すべて」 

そうグリコが
答える場面が
あるのですが
141246298a7e06b96ab504a461be7617_convert_20181113124210.jpg
出典:blog.goo.ne.jp



ぼくはそこで
同じ質問を
自分に課してみたんですね




自分には
「すべて」と言える
唯一の
何かがあるだろうか─── 





ほどなくして
ぼくは
こう思いました




しいて言うなら
この世界があって
月や太陽があって
山や海
空や風があって
動植物や昆虫がいて
五感があって
あらゆる
豊饒な体験が
休むことなく
起き続けている
ことが
「ぼくのすべて」の中の
ひとつと言える




この世界の
「袋とじ(「0」と「1」の世界)」
覗くことに
なってしまったこと

そのことによって
この
異質なブログを
書く役割を
与えてもらえていることが
「ぼくのすべて」の中の
ひとつと言える




相方や息子
友人や知人
いまだ出くわしていない人々
疎遠になった人々
父親や母親
兄が存在していることが
「ぼくのすべて」の中の
ひとつと言える




嫌いな人や
困った人
苦手な人にも
出くわすけれど
その人たちもまた
「ぼくのすべて」の中の
ひとつと言える




つまずいて
転んでしまうことや
大事なことを
忘れてしまうことや
人を傷つけ
傷つけられてしまうこともまた
「ぼくのすべて」の中の
ひとつと言える




笑うことが
できるということ
悲しむことが
できるということ
喜ぶことが
できるということ
怒ることが
できるということ
畏れることが
できるということもまた
「ぼくのすべて」の中の
ひとつと言える




こうしてここに
意識として
存在することを
感受できているということ
自分の体温を
感じれるということ
呼吸をしている
血液が脈打つ
鮮度と
飢えとを
感じれるということ
それらもまた
「ぼくのすべて」の中の
ひとつと言える




ぼくにとって
「○○が私のすべて」と
言い切れる
ひとつのものは
どうやらここ(「2」の世界)には
ないらしく

代わりに
こんなことを
言うことが
できるのかもしれません



「すべてが
私のすべて」




今日も
ありがとうございました




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なりたい自分は「手段」前進することが「目的」 映画イコライザー

本日もお越しいただき
ありがとうございます




面白いから
ぜったい見ろよと
何度も何度も
勧められたにもかかわらず
タイミングが
合わなかったり
なにがしかが重なって
借りて見ることすらも
忘れてしまった映画を
なんらかのきっかけでもって
思い出し
その頃の熱量も
冷めた状態で
何気なく見始めたなら──


「マジか(いい意味で)」


としか
言語化できないような
生涯ベスト級の映画
出会う
というサプライズが
このリアル人生ゲーム
旅路のなかでは
稀に(いやけっこう)
起こることで




今日
ご紹介する映画
「イコライザー」もまた
ぼくのなかで
そんな映画の
一本となりました
※少しネタバレあります
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出典:www.bestbuy.com



「ナメてた相手が
実は殺人マシンでした映画」

という
独自の映画ジャンルを
映画ライターの
ギンティ小林さんが
提唱されていますが
IMG_3126-600x400_convert_20181110130106.jpg
出典:www.tbsradio.jp



「イコライザー」は
そのジャンル映画の
金字塔的作品
だと言って
差しつかえなさそうです




ナメられてる相手とは
デンゼルワシントン演じる
主人公マッコール
ジャンル名のとおり
彼は
殺人のスペシャリストで
元CIA工作員という
肩書きを持つ
人物なわけですが




ナメられ要素として
普段は
読書を愛し
強迫性障害を
彷彿とさせる
規律正しさを
抱えながらも
つつましい生活の中で
周囲の
社会的弱者たちに
さりげない
おせっかいを焼く
非暴力主義的にしか
認識できないような
こころやさしい
中年おじさん
というものがあります



そんなマッコールが
同じホームセンターに勤務する
肥満体の同僚が
警備員の試験に
合格するための
ダイエットの監視役を
請け負っていることがわかる
ワンシーンがあるのですが

ジャンクフードへの欲求を
捨てきれない同僚に

「完璧より前進」

マッコールが
声をかける
そんなシーンが
あるんですね




なんどきも
哲学的な言葉を
さらりと言ってしまう
マッコールなのですが
仰々しく
語られるよりも
むしろ
さらりと語られたほうが
琴線にふれる
ということも
あるのかもしれませんね




「完璧より前進」
この言葉は
誰にとっても
あてはまるとも言える
重要な言葉です




完璧主義を
貫こうとすることは
往々にして
失敗に終わることが
多いものですが──




それもそのはず
釈迦(ブッダ)
三法印のなかの
「一切皆苦」
説いたように
この世は
「万事が万事
自分の思い通りには
いかない世界」

なので
「完璧を目指すこと」は
可能であっても
「完璧であり続けること」は
すべてのものが
変化し続ける
この「2」の世界
万物流転の法則に
反する
わけです




そんな
現実味のない
高すぎるハードルを
掲げ続け
疲弊して
やがて
意気消沈するよりも

今の立ち位置から
たったの一歩ずつでも
前進する
今の立ち位置から
一歩の距離だけの
簡単な難易度のものに
挑むことを
一日一日
繋げていくことが
遠回りに見えて
実のところ
現実的な
継続への道であり
目的への
一番の近道
のような
そんな気がしてなりません




少しずつ少しずつ
前進することをこそ
むしろ
目的化してしまい
なりたい自分というものを
前進のための
モチベーションという
手段化に
反転させてしまう

それが
アースフルネス的
「完璧より前進論」
かもしれません


なりたい自分は「手段」
前進することが「目的」

です




映画は
韓国の刃物系アクション映画や
スプラッタ映画が
苦手な方には
あまりお勧めできませんが




個人的には
「前進」への勇気をもらった
忘れがたい一作です




ちなみに
見て早速に
上映中と耳にしていた
「イコライザー2」
検索してみたところ
東京で上映する期間も映画館も
残りわずかなようです

うーん
行けるだろうか泣





今日も
ありがとうございました




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映画「君の名は。」に見る「常世(とこよ)」と「現世(うつしよ)」 後編

11月もお越しいただき
ありがとうございます

昨日の記事
映画「君の名は。」に見る
「常世(とこよ)」と「現世(うつしよ)」 前編

の続きです
※ネタバレあります





映画「君の名は。」
見直すと
「2」の世界
「1」の世界
そして
その先の世界
強く
意識された
作品であることを
改めて
再認識させられます




劇中でも
説明がありましたが
黄昏時(たそがれどき)
というのは

「誰そ彼(たそかれ)と
われをな問ひそ
九月(ながつき)の
露に濡れつつ君待つ我そ」

(あなたは誰なのですか?

私に訊かないでください
それは
九月の露に濡れながら
あなたを待つ私なのです)


という
万葉集の和歌
由来し

さらに古くは
彼誰そ時(かれたそどき)
彼は誰時(かわたれどき)
とも
言われていたそうです






そして
架空の町
糸守町の方言では
「片割れ時(かたわれどき)」とも読むという
独自の設定に
なっているんですね





劇中は
ふたまたに分かれた
男女と彗星
三葉の片割れとなる
口噛酒
生と死
夢と現実
時間と空間
主人公のTシャツなど
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出典:twitter.com

「片割れ」を
意識させる
二元性演出

あふれています




つまり
誰そ彼時(たそがれどき)は
片割れである
光が闇を求め
闇が光を求め
出会いを果たす瞬間

でもあるわけです




相対する
光と闇とが
均衡を分かち
光と闇との
天秤が
釣り合う瞬間
ふたつは
ひとつとなります
「1」の世界となります)





このとき
相手の姿が
見えるような
見えないような
現実のような
夢のような
境目という
未知なるバランスの
瞬間であるため
「お前は誰だ?」
相手が
誰なのか
わからなくなる錯覚に
おちいり

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それでもなお
導かれるがままに
「片割れ」である
お互いが
引き寄せられるように
必然的に出逢う
三葉

この世の
すべての
糸(縁)をむすび
繋いでいる根源地



黄泉(よみ)への
門前


「0」の世界への門前
立っていたのだろうと
ぼくには
感じられました






このことは
三葉と瀧に
限りません



黄昏時(たそがれどき)
人がこころ
奪われるとき




「過去」「未来」
「善」「悪」
「生」「死」
「始まり」「終わり」
「あなた」「わたし」

あらゆる片割れを
超越した
現世(まぼろし)の
その人ではない
常世(実在)の
おもかげを
その人は
感じている

のかもしれません
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出典:weathernews.jp




今日も
ありがとうございました





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映画「君の名は。」に見る「常世(とこよ)」と「現世(うつしよ)」 前編

本日もお越しいただき
ありがとうございます




そういえば今日は
ハロウィンでしたね

メディアにとっては
福の神である
毎年恒例の
渋谷ハロウィン騒動が
ニュースを賑わすのでしょうね

ぼくは
仕事休みなので
かぼちゃのリゾットでも作って
家族三人
静かなハロウィンを
過ごしたいと思います





昨日の記事にて
「夕凪」というワードが
思い浮かんだ
そのとき
一昨年に公開された
映画「君の名は。」
「黄昏時(たそがれどき)」
シーンのことが
思い出されました
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出典:www.hamanoyu.co.jp






日本神話
古神道から
言い伝えられていることが
「黄昏時(たそがれどき)」
あるいは
「夕暮れどき」こそが
この世と
あの世の
境界線であり




現世(うつしよ)である
この世界からの
常世(とこよ)への
門前である

ということです




それにしても
現世(うつしよ)とは
言いえて妙です



過去記事
チプルソが奏でる一人宇宙
「一人宇宙Ⅲ」-歌陽風月-

観点から
現世(うつしよ)という
言葉を
読み解くなら
現世(うつしよ)は
自分の姿のみを
映し出し続ける
鏡の世界
つまり
「映世(うつしよ)」とも
言える
からです




対する
常世(とこよ)の
常(とこ)

これまた
言いえて妙なんですね



「常(とこ)」は
「常しえ(とこしえ)」の
「とこ」でもあり
「常しえ」は
「永久(とこしえ)」とも
書きます

常世(とこよ)は
永遠なる実在
「0」の世界
意味する

言葉でもあるわけです




常世(とこよ)は
隠世(かくりよ)とも
呼びますが




これまた
あまりに
的確すぎて
スタンディングオベーションを
送りたくなるほどの
うまい呼び方です




なぜなら
「0」の世界が
人間肉体の
認識能力では
認識できないように
制限が設けられ
秘め事とされ
隠されているからこその
隠世(かくりよ)

とも
言えるからです




日本神話や
古神道の
とっかかりを作った
名もなき
古きクリエイターは
すべて
お見通し

だったのかもしれませんね




神社の
本殿や拝殿に
鏡が祀られてあることも
ぼくらが生きる
この「2」の世界
この映世(うつしよ)の
秘密を
こっそりと
示すための
古きクリエイターの
いたずらごころ──





だったとしたら
ちょっと
おもしろいですね






明日の後編は
映画「君の名は。」の中身に
もう少し踏み込みます





本日も
ありがとうございました
「Trick or Treat!」



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億単位の骨董品ですらもが0円になりうる世界「ゲティ家の身代金」

昨年公開された
リドリー・スコット監督作に
「ゲティ家の身代金」
という映画があります
※少しだけネタバレあります
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1973年
石油で財を成した
世界一の大富豪ゲティ
14人いる孫の一人が
1700万ドル(当時で50億円)
身代金目的に
誘拐されるところから
物語は
始まりますが




他の孫たちの
さらなる誘拐と
身代金要求の
連鎖を防ぐため──
という口実で

ゲティは
かたくなに
1円たりとも
支払わない
ことを
表向きは
表明しますが




当時のドル価値に
換算すると
1.4兆円という
莫大な総資産を持ちながら
極度の吝嗇家(けち)としても
知られるゲティの
そのこころの内は
「まだ(金が)足りない」
という野望に
燃えていました




金にまつわる
あらゆる
人間の
おぞましさを
味わいつくしてきた
ゲティが
孫の奪還作戦に
任命した
元CIAチェイスとの
対話の中で
資産価値の高い
骨董品を手に
こんなことを語る
場面があります




「だから私は
物が好きなんだ
オブジェや
古代の遺品や絵画
(それらのものは)
目の前にある
姿のままで
決して変わらない
失望させない
美しい物に備わった
純粋さは──
人間にはない」




ところが
残念ながら
変わるのです





ゲティにとって
骨董品が
美しいまま
純粋であり続けるのは
それが
「資産価値」のあるもの
だからで
手持ちの骨董品に
「資産価値なし」という
判定が下されたなら
ゲティは
なんの迷いもなく
屋敷の暖炉に
その骨董品を
放り込むか
誰かにあげてしまうことでしょう



仮に
ゲティが
骨董品もろとも
ひとり無人島に
送り込まれたなら
骨董品は
暖をとるための
薪になり
家屋の素材になり
食べていくための
武器や道具となる
でしょう




人間のこころが
永遠不変のものでない限り
この
「2」の世界において
永遠不変に
純粋で
美しいものなんて
ひとつもなく




いつだって
本当の純粋性と
本当の美しさは
「2」の世界を
超えた領域にしか
存在せず




ぼくら人間は
いつだってその
「2」の世界を
超えた領域への
扉となる
いつもの日常の
一瞬の裂け目に
垣間見る
「奇跡」や
「神秘」のなかにだけ
それを見つける
のです





今日も
ありがとうございました





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アースフルネス「7」ビジョン

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プロフィール

 友資

このブログの筆者: 友資


初めて訪問された方は、
初投稿記事
  「アースフルネス」とは? 前編
をクリックいただけましたら幸いです。

以下の
アースフルネス「7」ビジョンについての解説は、
哲学やスピリチュアルに馴染のない方は
難しく感じるかもしれません。
わからないところがあれば、遠慮なく質問してください。

  「2」の世界(因果の世界)についての解説
  「1」の世界(縁起の世界)についての解説 前編  後編
  「0」の世界(悟りの世界)についての解説 前編  後編

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