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人間が「数値化」される時代をどう生きるか 映画「サイコパス Sinners of the System」

本日もお越しいただき
ありがとうございます




フジテレビの
アニメーション企画
ノイタミナにて
2012年から
2014年にかけて
放送され
2015年に
劇場版が上映された
「PSYCHO-PASS サイコパス」
(世間一般的な
「精神病質者」の意味では
ありません)
というアニメがあります
news_170515_convert_20190106210156.jpg
出典:www.kyoraku.co.jp




近未来SFといえば
人工知能が
人間を監視し
管理する社会といった
ディストピアな
世界観

つきものですが




このアニメが
画期的なのは
「人間の精神」までもが
数値化された
世界を描いている

というところにあります




「犯罪係数」
呼ばれるそれは
犯罪を犯すと予測できる
精神状態にある人間を
潜在犯としてキャッチし
まだ罪を犯す前の人間の
殺害も辞さない

治安維持システム
なのですが




2019年の
現代社会においても
それに近い兆候が
見て取れることを
感じることがあります




アマゾンや楽天を
中心とする
あらゆる生活用品や
飲食店や
医療施設や
企業別の働きやすさ
映画や音楽
出版物などの
5段階評価
に始まり




本来は
「数値化できないもの」
であるはずの
「人間」や
「芸術表現」の評価までもが
「グッド」「バッド」の
二択評価の登場や
フォロワー数などの登場により
「人間の数値化」
とどまることを
知りませんし

仮想空間に記された
その数字的評価を獲得するため
1億円の「見えない札束」
ばら撒く人まで現れる
モニター越しの現実と
そうではない現実との

二重の現実を歩かされる
そんな時代に
ぼくらはあるわけですね
(ごたぶんにもれず
ブログを知ってもらうため
ぼくもランキングなどに
参加してますしね)




一見すると
なんでも数値化するということは
ものすごく
合理的な手法なのですが
デジタル化された情報というものは
紙に書いた情報と違って
痕跡なく改ざんすることも
明晰なプログラムの技術者にかかれば
おそらく難しいことではなく

それらの数字が
大衆扇動のために
社会的権力を握る者たちによって
操作されるようになったとしたら──
(もしくはすでに
今がそうだとしたら)




あるいは
数値化が行き過ぎて
やがては
学歴や経歴
犯罪歴
家族関係や
人間関係
総資産
ネットの検索履歴
メールの送受信歴
SNSでの発言などから
個人が
より具体的に
つまびらかに
数値化され
分析され
それらの
個人総合情報に基づいて
その人の
社会的ランクや
適正な職業
適正な住居
適正な異性までをも
人工知能に決定され
家畜のように区画化される
そんな時代を
迎えることになったとしたら──




果たして
ぼくたち人間は
シンギュラリティ以後
(人工知能が
人間の知性を超えるとされる
特異点)
ありとあらゆる側面から
数値化され
ロボットに管理される
そんな世界を
生きねばならないのでしょうか




ぼくの見解としては
どう転がっても
どんな状況にあろうとも
どこかに
楽しみを見出して
楽しく生きる
散るときは
いさぎよく散る

ただそれだけのことです




「魂」とはなんなのかを
考える契機をくれた
ロボット犬アイボ
ロボット(AIBO)は「こころ」「魂」を宿しているか

映画「クリード チャンプを継ぐ男」にて
老いたロッキーが書いた
特訓内容のメモを
「クラウドに保存した」
撮影するだけで受け取らない
クリードに対し
「クラウド(雲)?」
ロッキーが空を見上げる名シーン

自分のアタマでは
思いつかないような
爆笑を誘う
文字の誤変換の数々




これらの
予測できない副産物は
技術の進歩の
おまけとしてついてきた
人間ならではの
面白みであり
実は
この「おまけ」こそが
合理性に勝る
優れたもので
人間にとっての
「希望の灯」です





地球の半分が
闇におおわれるとき
その半分は
必ずや
太陽に照らされているように

戦いに敗れ
敗北の悔しさに
ふるえるとき
その半分では
勝利の歓喜に
狂える人々が
必ずや
いるように

ぼくら
ハーフ&ハーフの世界の住人たち
「2」の世界の住人たち
から
すべての光を
余すことなく
奪い去ることは
宇宙の「摂理」として
人工知能にも
社会的権力者にも
することができません




そう
なにを隠そう
この宇宙
この世界は
「そういうルール」なものですから
神が敷設したルールは
スポーツのルールとちがい
人工知能や
社会的ヒエラルキーの
頂点に立つ存在が
打ち破れるような
ちゃちなものではありません





この先に
何があろうとも
いま
目の前にある体験をこそ
いつくしみ

ともに
楽しく
自分らしく
アースフルに
生きて参りましょう(^∇^)







新作
『PSYCHO-PASS サイコパス Sinners of the System』

Case.1 罪と罰 2019年1月25日(金)より公開
Case.2 First Guardian 2019年2月15日(金)より公開
Case.3恩讐の彼方に__  2019年3月8日(金)より公開


という流れで
三部作連続上映されるそうですよ^^





今日も
ありがとうございました



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人類は滅びないほうがおかしい~映画「クラウドアトラス」と川上量生~

本日の記事が
おそらく本年最後の記事です




年越し前のめでたいタイミングに
へそまがり根性で
不吉なワードを
選んだというわけではなく
中身はとても(おそらくは笑)
前向きな内容なので
ご安心ください^^




加えて
タイトルの映画
「クラウドアトラス」
正月映画に
ぴったりの映画なんですよね
なんと
3時間の超大作です
※ネタバレありますよ~
o1600120014100771678_convert_20181229112600.jpg
出典:mhbeating.exblog.jp

このブログのトップ画面の
眼球の背景画像と一緒に
あてがわれた
ブログタイトルの字の連なりは
クラウドアトラスへの
オマージュでもあります




2012年公開の
映画「クラウドアトラス」は
6つの物語が
グランドホテル方式
(ホテルのような
ひとつの大きな場所に
様々な人間模様を持った人々が集まり
そこから物語が
展開する方式のこと)

で展開される映画なのですが




この映画でいう
「ホテルのような
ひとつの大きな場所」
とは
「時空を超えた
過去・現在・未来」
を意味します




1849年の時代を生きる者たち

1931年の時代を生きる者たち

1973年の時代を生きる者たち

2012年の時代を生きる者たち

2144年の時代を生きる者たち

2321年の時代を生きる者たち

という
時系列で考えれば
交わることができないはずの
様々な人々が
(物語の中では時代が近い
一部の人は直接的にも交わりますが)
時空を超えた
数奇なむすびつき(縁起)を
観る者に示す

そんな映画なんですね
(おそらく誰が見ても
一度見ただけでは
すべてをとらえきれない映画です)




そして
6つの時代の
それぞれの登場人物たちを
同じ役者が
演じ分けることによって
「前世」
あるいは
「来世」を感じさせる演出に
映画はなっています





2144年
純潔な人間が
合成人間(クローン人間)
管理支配するという
映画「ブレードランナー」
思い起こさせる
近未来世界にあって

2321年の時代では
伝説の革命家として
語り継がれることになる
クローン人間の主人公
ソンミが語る台詞に
こんなものがあります
o0480036014101274980_convert_20181229112612.jpg
出典:www.youtube.com




「命は自分のものではない
子宮から墓まで
人は他者とつながる
過去も現在も
すべての罪が
あらゆる善意が─

未来を作る」






では
「命は自分のものではない」
だとすると
この「命」とはいったい
誰のものなのでしょう





「人」が
「未来を作る」のではなく

「人」を通して
立ち現れて来る
「罪」や「善意」
「言葉」や「想い」が
「未来」を作る


そう語られていることが
「命は自分のものではない」と
語られていることの
重要なポイント
です




登場人物たちは
おのおのの
時代や境遇
生まれ持った資質や特質
後天的に育まれた
信念や希望のままに
死をも顧みずに
自分が「やりたいと思うこと」
というよりも
自分が「正しいと思うこと」
というよりも

肉体と精神を超えて
無言に訴えかけてくる
内なる衝動
のままに
猪突猛進に
自らの人生を
ひたむきに謳歌します




肉体と精神を超え
無言に訴えかけてくる
内なる「罪」や
「善意」の衝動とは
自分のものではない
「命」の成せる
不可視な力

そして
「命」がつむぐ
未来への衝動





「命」の使徒として
人は「2」の世界
舞い降り
そして例外なく
「0」の世界へと
帰還することになります





この「2」の世界に
未来永劫に
生きつづけるもの
とわに変わることのないものは
ひとつもありません

そしてそのことは
「人類」も同様であることを
映画は
見る者に提示します




複数の株式会社の取締役であり
ニコニコ動画の開発者であり
映画プロデューサーであり
スタジオジブリにも所属する
異色の経歴を持つ
川上量夫さんが
cea8ec05-l_convert_20181229124900.jpg
出典:withnews.jp


「人類は滅びないほうがおかしい」

ためらいなく語るのを
「ニコニコ哲学」という著書で
お見かけしたことがあり

ぼくも同じことを
思うのですが





ですが
このことは
人間の愚かさや
救いのなさといった
厭世だったり
人間が滅んだほうが
地球のためにいいといった
道義的な意味で
そう思うわけではなく





この
「2」の世界の
摂理
として
いつの日か
人類が滅することは
当然の帰結で
特別おかしなことでもない

という意味で
ぼくはそう思うわけです




だからと言ってぼくが
人類が滅びゆく場面に
さしかかったとき
高みの見物よろしく
黙って見ているのかというと
そんなことはありません




家族や大切な人が
危険にさらされそうなら
持てる能力や
知識を総動員し
自分ができうる
最大限の最善を
問題に対し
注ぎ込むことでしょう

場合によっては
法に背くことも
人を殺すことだって
するかもしれません

クラウドアトラスの
主人公たちのように




この世に
終わらないものなんて
ひとつもない

という世界にあって
「人間だけが
終わることがない」
という考え方は
ある意味
人間の傲慢です






けれども
終わらないものなんて
ひとつもない
ということは
同時に
「2」の世界においては
始まらないものも
ひとつもないことを
意味します





誤解を恐れずに言えば
人類が滅んだなら
それに代わる新しい何かが
始まる

それだけのことなのです





すべての
生きとし生けるもの
すべての
形あるもの
形なきものに
終わりがあるからこそ
この世界は
儚くて
美しくて──

その儚さの
深奥から
「始まり」は
この世界へと
何度でも
よみがえります






だからこそ
ある意味ではやはり
人類もまた
「滅びないほうがおかしい」

のです





そのことを理解した
クローン人間ソンミは
処刑されるのを目前に
こんなことを語るんですね





「私の考えでは
死は扉にすぎません
閉じた時 
次の扉が開く
私にとって天国とは
次の扉が開くこと
その向こうには
きっと彼がいます
私を待ってる」




「彼」とは
ソンミが愛する
殉死した人物です




ここで場面が
2144年から
1849年の世界に変わり
ソンミ役をしている女優が
別の女性役で
殉死した男性役の男優が
別の男性役で
その時代の
物語の中で
生死を乗り越えた
再会を果たす
ところに
この映画の
根幹を成す
重要な意味が
込められていると
ぼくは考えます




すべての人が
体験するすべては
時空を超えて
つながりあい

「来世」も
「前世」をも
超えて

すべての人の
体験してきたすべて
これから先
生まれ落ちる人の
体験するすべてが
あなたにとっての
「来世」であり
「前世」でもあるのだという
「1」の世界や
「0」の世界を
作り手やソンミは
暗に語っているわけです

(というぼくの誇大解釈
かもしれませんが笑)




6つの物語の
それぞれの主人公たちはみな
同じ彗星型のあざ
持っていることが
生まれ変わり
暗に示す
演出となっていますが

さて
「魂」とは
個別のものなのでしょうか?
それとも
「魂」には
個別とは違う
別の形態が
存在するのでしょうか?


来年は
そういった部分にも
踏み込んでみたいですね





映画のメイキングもまた
必見です

脚本
キャスティング
主題曲
衣装や美術など
あらゆる観点から
細かいところまで計算された
宗教芸術のような映画であることが
見えてきますし
見返すたびに
違った味わいや
違った発見がある
万華鏡のような
映画でもあります




最後に
1973年のエピソードにおいて
エネルギー利権の陰謀に
巻き込まれ暗殺された
科学者シックススミスの姪
陰謀の証拠を
主人公に託す際に
残した台詞を記して
今日の記事を終わりにします


ここで語られている
「愛」とは
「0」の世界における
「自己愛」の愛
です




「伯父は科学者だけど
愛は存在すると信じてた
ある種の自然現象として
愛というものは──
死をも乗り越えると」






始まって
1年にも満たないブログですが
応援してくださったみなさん
そうでもないみなさん
本当にありがとうございました

もしよろしければ
来年も遊びにいらしてください

それと
メルマガのご登録も
お待ちしてます

みなさん
素敵な2019をお迎えください
ありがとうございました



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すべての「寄る辺なき者たち」へ 映画「ボヘミアン・ラプソディ」

伝説となったロックバンド
「QUEEN(クィーン)」のボーカル
フレディ・マーキュリー
その生涯を描いた
話題の伝記映画
「ボヘミアン・ラプソディ」
昨夜見て参りました
IMG_20181124_195223_convert_20181125113207.jpg




「ボヘミアン」
映画評論家の
町山智浩さんの解説によると
「寄る辺なき者」という
意味があるそうです




CMだったり
ドラマだったり
あらゆる場面で
何度となく
耳にしてきた
クイーンの楽曲は
どうしてもその
キャッチーさが先行してしまい
人と同じものを
極端に避けていた
若かりし頃(中二病)のぼくは
当時の同性愛者の
ムーブメントだったとされる
フレディマー・キュリーの
筋肉質で
ハードゲイ的な
異様な出で立ちや
過剰なパフォーマンスも相まって
自分とは
縁がないアーティストのように
解釈してしまい
なんとなく
深入りすることなく
やり過ごしてきてしまったのですが




そんな
過去に築かれた
ちまちました
先入観は
今回の映画で
ぶっ飛びました





そのキャッチーな
音楽性にも
出で立ちにも
すべてに
そうなるに至った
筋道があったことを
映画的
音楽的な感動の
つぶてが降り注ぐのとともに
思い知らされることになった
のです




歯が浮き出た
自らの容姿や
ペルシャ系の両親から
授かった名前(本名ファルーク・バルサラ)を
改名してしまったこと
一人の女性を
純真に想いながらも
肉体的には
男性を求めてしまう自分
といった
様々なコンプレックスへの
ロック的な反骨精神
あるいは
コンプレックスをも
人生の豊かさへと
昇華させんがための
ナルシストな
パフォーマンスだったり
豪華な衣装や女装
「クイーン」のバンド名
(ドラァグクイーンを
示したバンド名とも
言われてるそうです)
だった
ことが
映画を通して
理解することができたんですね




フレディを見ていると
自分の中に
確固とした
「美意識」
あるいは
「真・善・美」を持っている人間は
つくづく強いなと
思わされます




ぼくが出逢ってきた
魅力的な人や
強く
あたたかいこころの
持ち主たちは
総じて
自分の中の
「美意識」みたいなものが
確立している方が
ほとんどです




とはいえ
人間ですから
どんなに
確固たるものを
持った者でも
誰しもが
自分の中に
宿された
「美しさ」ではない
「醜さ」とも
向き合うことを
避けることができません





けれども
確固たるものを
持つ者は
それが羅針盤となり
「醜い自分」をも
豊かさに変換していく
そんなエネルギーをも
同時に
宿しているんですね

フレディが
そうであるように





実はそれは
誰の中にもあって
誰からも
奪うことができない
「0」の世界からの
贈りもの
なのですが

持っていることに
気づかぬ者は
他人や社会が決めた
価値観や人生観に沿って
その人生を
歩み終えてしまいます





映画の終盤

当時の
社会的な
差別意識によって
公表することが
かなわなかった
セクシャリティの問題や
HIV感染
孤独に抱えながら
限られた時間をしか
生きられない
フレディは
メンバーとともに
世界150ヶ国で放送された
過去最大規模の
チャリティーコンサート
「ライブエイド(1985年)」の舞台へと
立ち上がります




最後の一曲として
唄われ
名盤「オペラ座の夜」よりも
早い時期に
完成していたという
「We are the champion」
別れの意味
込められた一曲で
奇しくも
死を目前とした
予言的一曲
となったことは
若かりし頃の自分には
想像することすら
できませんでした

いかにも
アメリカ的な
盲目的な
自国愛の歌のように
受け止めていたんですね




高らかに
なりひびく
フレディの
「ぼくたちは
勝者なんだ」

というメッセージは

地面に倒され
砂を舐めさせられ
顔を蹴られるような
様々な悲しみや
様々な屈辱を
抱えている
そんな
「寄る辺なき者たち」にも

誰にも
奪えない
誰にも
破壊できないものが
宿されていることを
伝えたかった
フレディからの
最期の贈りもの
だったのかもしれません







今日も
ありがとうございました




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「すべて」が「私のすべて」 映画「スワロウティル」

本日もお越しいただき
ありがとうございます




先日相方が
岩井俊二監督作
映画「スワロウテイル」
見ていたのを
チラリと
盗み見したのですが
SID0021639_convert_20181113120234.png
出典:cinemarche.net




改めて
1996年当時に
こんなにも
エキゾチックな手触りと
人間愛にあふれた
独自の
豊かな世界観を
日本映画として
構築した
岩井監督の手腕は
すごいなあと思いますね




それと
キャスト全員のキャラが
二度と
忘れられなくなるくらいに
立っていることも
この映画の特徴です

渡部篤郎さん
男前ですね
Swallowtail_3_convert_20181113115116.jpg
出典:eiga.michao.jp



上海マフィアの
ボスを演じる
江口洋介さんや
その部下で殺し屋の
マオフウもまた
魅力的です
CfIVYa7UYAAg52L.jpg
出典:twitter.com/rietanosa
DOKtBpYVQAAvgHO.jpg
出典:twitter.com/takinamiyukari




何度も見てきた
この映画ですが
今回
意識にとどまったシーンが
ただ一人の
家族である
母親を喪い
路頭に迷う少女
主人公アゲハ(伊藤歩)
親身に
あたたかく寄り添う
歌手のグリコ(CHARA)
「月並みだけど
グリコにとって音楽ってなに?」

インタビュアーに
質問された際に

「すべて」 

そうグリコが
答える場面が
あるのですが
141246298a7e06b96ab504a461be7617_convert_20181113124210.jpg
出典:blog.goo.ne.jp



ぼくはそこで
同じ質問を
自分に課してみたんですね




自分には
「すべて」と言える
唯一の
何かがあるだろうか─── 





ほどなくして
ぼくは
こう思いました




しいて言うなら
この世界があって
月や太陽があって
山や海
空や風があって
動植物や昆虫がいて
五感があって
あらゆる
豊饒な体験が
休むことなく
起き続けている
ことが
「ぼくのすべて」の中の
ひとつと言える




この世界の
「袋とじ(「0」と「1」の世界)」
覗くことに
なってしまったこと

そのことによって
この
異質なブログを
書く役割を
与えてもらえていることが
「ぼくのすべて」の中の
ひとつと言える




相方や息子
友人や知人
いまだ出くわしていない人々
疎遠になった人々
父親や母親
兄が存在していることが
「ぼくのすべて」の中の
ひとつと言える




嫌いな人や
困った人
苦手な人にも
出くわすけれど
その人たちもまた
「ぼくのすべて」の中の
ひとつと言える




つまずいて
転んでしまうことや
大事なことを
忘れてしまうことや
人を傷つけ
傷つけられてしまうこともまた
「ぼくのすべて」の中の
ひとつと言える




笑うことが
できるということ
悲しむことが
できるということ
喜ぶことが
できるということ
怒ることが
できるということ
畏れることが
できるということもまた
「ぼくのすべて」の中の
ひとつと言える




こうしてここに
意識として
存在することを
感受できているということ
自分の体温を
感じれるということ
呼吸をしている
血液が脈打つ
鮮度と
飢えとを
感じれるということ
それらもまた
「ぼくのすべて」の中の
ひとつと言える




ぼくにとって
「○○が私のすべて」と
言い切れる
ひとつのものは
どうやらここ(「2」の世界)には
ないらしく

代わりに
こんなことを
言うことが
できるのかもしれません



「すべてが
私のすべて」




今日も
ありがとうございました




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なりたい自分は「手段」前進することが「目的」 映画イコライザー

本日もお越しいただき
ありがとうございます




面白いから
ぜったい見ろよと
何度も何度も
勧められたにもかかわらず
タイミングが
合わなかったり
なにがしかが重なって
借りて見ることすらも
忘れてしまった映画を
なんらかのきっかけでもって
思い出し
その頃の熱量も
冷めた状態で
何気なく見始めたなら──


「マジか(いい意味で)」


としか
言語化できないような
生涯ベスト級の映画
出会う
というサプライズが
このリアル人生ゲーム
旅路のなかでは
稀に(いやけっこう)
起こることで




今日
ご紹介する映画
「イコライザー」もまた
ぼくのなかで
そんな映画の
一本となりました
※少しネタバレあります
8571024_sa_convert_20181110125852.jpg
出典:www.bestbuy.com



「ナメてた相手が
実は殺人マシンでした映画」

という
独自の映画ジャンルを
映画ライターの
ギンティ小林さんが
提唱されていますが
IMG_3126-600x400_convert_20181110130106.jpg
出典:www.tbsradio.jp



「イコライザー」は
そのジャンル映画の
金字塔的作品
だと言って
差しつかえなさそうです




ナメられてる相手とは
デンゼルワシントン演じる
主人公マッコール
ジャンル名のとおり
彼は
殺人のスペシャリストで
元CIA工作員という
肩書きを持つ
人物なわけですが




ナメられ要素として
普段は
読書を愛し
強迫性障害を
彷彿とさせる
規律正しさを
抱えながらも
つつましい生活の中で
周囲の
社会的弱者たちに
さりげない
おせっかいを焼く
非暴力主義的にしか
認識できないような
こころやさしい
中年おじさん
というものがあります



そんなマッコールが
同じホームセンターに勤務する
肥満体の同僚が
警備員の試験に
合格するための
ダイエットの監視役を
請け負っていることがわかる
ワンシーンがあるのですが

ジャンクフードへの欲求を
捨てきれない同僚に

「完璧より前進」

マッコールが
声をかける
そんなシーンが
あるんですね




なんどきも
哲学的な言葉を
さらりと言ってしまう
マッコールなのですが
仰々しく
語られるよりも
むしろ
さらりと語られたほうが
琴線にふれる
ということも
あるのかもしれませんね




「完璧より前進」
この言葉は
誰にとっても
あてはまるとも言える
重要な言葉です




完璧主義を
貫こうとすることは
往々にして
失敗に終わることが
多いものですが──




それもそのはず
釈迦(ブッダ)
三法印のなかの
「一切皆苦」
説いたように
この世は
「万事が万事
自分の思い通りには
いかない世界」

なので
「完璧を目指すこと」は
可能であっても
「完璧であり続けること」は
すべてのものが
変化し続ける
この「2」の世界
万物流転の法則に
反する
わけです




そんな
現実味のない
高すぎるハードルを
掲げ続け
疲弊して
やがて
意気消沈するよりも

今の立ち位置から
たったの一歩ずつでも
前進する
今の立ち位置から
一歩の距離だけの
簡単な難易度のものに
挑むことを
一日一日
繋げていくことが
遠回りに見えて
実のところ
現実的な
継続への道であり
目的への
一番の近道
のような
そんな気がしてなりません




少しずつ少しずつ
前進することをこそ
むしろ
目的化してしまい
なりたい自分というものを
前進のための
モチベーションという
手段化に
反転させてしまう

それが
アースフルネス的
「完璧より前進論」
かもしれません


なりたい自分は「手段」
前進することが「目的」

です




映画は
韓国の刃物系アクション映画や
スプラッタ映画が
苦手な方には
あまりお勧めできませんが




個人的には
「前進」への勇気をもらった
忘れがたい一作です




ちなみに
見て早速に
上映中と耳にしていた
「イコライザー2」
検索してみたところ
東京で上映する期間も映画館も
残りわずかなようです

うーん
行けるだろうか泣





今日も
ありがとうございました




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