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宇宙を貫く「三本の柱」は「信仰」「希望」そして「愛」

本日もお越しいただき
ありがとうございます

ヤフーメールや
ツイッターから
メッセージをくださった方も
ありがとうございます




聖書において
イエス・キリスト
透徹された真意が
受け継がれたと思える
文書に
「コリントの信徒への手紙13章」
というものがあることを
以前にこのブログで
ご紹介したことがあるのですが

イエスとパウロの言葉に垣間見る「自己愛」の真実


キリスト教信徒
パウロによって
述べられている
この手紙の
最後のほうに記された
この世に
残り続けるもの
というのが

「信仰」

「希望」

「愛」


3つなのですが




ぼくが
ブログのサブタイトルに
「3本の柱」
記している
その柱とは
上記の3つを
意味します
3_pillars_oflife_convert_20181231181424.png
出典:www.ayurvedacollege.com



これまでは
「悟りの境地」というと
この世(「2」の世界)
言葉や概念では
表せないもので
人間の知覚能力では
認識不可能な
「絶対無」
あるいは
「空」であると
古くから
語られ続けてきたわけですが

ぼく個人は
必ずしも
そうは感じないんですね




実は
この3つこそが
「2」の世界にありながら
知覚できる
「0」の世界
片鱗となる部分であり
「2」の世界を
いまなお
存続させている
原動力に
ほかならない
のです

7ビジョンでは
いろいろ書きすぎると
ややこしくなるので
あえて
3本のなかの
真ん中の柱となる
「愛」のみに
スポットを当てました)




なのですが
ぼくがここで言う
「信仰」

特定の宗教を信じる
人を信じるといった
狭義の意味からは
逸脱します




「希望」もまた
前向きに生きる
何かいいことが起こることを
期待するといった
狭義の意味からも
逸脱します




「愛」に関しては
とりあえずのところ
「自己愛」すべての人間に生えた見えない翼
~⦅P7ビジョン⦆~

の記事で
お話ししたとおりですが
いずれもう少し詳しく
動画解説してみたいですね




今年は
この「3本の柱」についても
必ずや
動画解説していきますので
(文章だと
伝わらない可能性が
あまりに高いので泣)
楽しみにしていてください(^-^)





今日も
ありがとうございました


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「自分のこと」しか知覚することができない世界

本日もお越しいただき
ありがとうございます



ブログを
読んでくれている
友人から
ロボット(AIBO)は「こころ」「魂」を宿しているか
の記事を受けて
こんなニュアンスの質問を
受けました




「ロボットのこころや魂が
自分のこころや魂だって言うなら
他人のこころや魂は?」





同じように
思った方が
多くいらっしゃるかもしれません




結論から
言ってしまえば
上記の記事から
引いた
以下の言葉は




ロボットに
「こころ」と
「魂」とを
見た
その人は

自分自身の
「こころ」と
自分自身の
「魂」とを
ロボットという
「鏡」
あるいは
「通路」を通じて
見ていると
言うことができそう
なのです




そのまま
「ロボット」と
「他人」を
入れ替え

以下のように
読むことができます





他人
「こころ」と
「魂」とを
見た
その人は

自分自身の
「こころ」と
自分自身の
「魂」とを
他人という
「鏡」
あるいは
「通路」を通じて
見ていると
言うことができそう
なのです





おどろくべきことに
ぼくらが
他者と
交わり
かかわりあいながら
感受する
その表情や様子
発言や行動などから
ある程度は
読み取っていたかに
思えていた

他者の
「こころ」は
実は
自分自身の
「こころ」そのもの

だったんですね




よって
他人は
「他人」であるのと
同時に
「自分」でもある

ということになります





どうして
そんなことが言えるのか?

なぜなら
みなさんは
いつなんどきでも
「他人に
自分をしか
見れない」

からです





他人と対峙し
見て
感じる
すべての感情や
起こる思考は
自分のものの見方
好き嫌い
経験や記憶
そういったもので
つちかわれた
「自分ものさし」によって
解釈され
判断された
「自分視点」の
その人(他人)
です




他者と
共鳴し
一緒に泣いたり
一緒に笑ったりしながら
「通じあえた!」
と思えた
ひとつになれた感覚は
一本のケーブルが
ダイレクトに
お互いの体に
挿し込まれているかのごとく
通じ合ったからこその
感覚なわけではなく




通じ合えた!
と思える錯覚(体感)は
自分自身の世界(ビジョン)を通して
お互いの
相容れない
それぞれの世界の中で
完結した味わい

であると
言うことができます




他人(人間)に限りません
動植物にも
山々や海にも
あおい空や
流れる雲にも
機械やアスファルトにも
太陽や月にも
そして宇宙にも
目に映る
すべてのもの
肉体とこころとで
知覚できる
すべてのものが
「自分」というフィルターを
通過し
大幅に純度が下がり
制限された世界
をしか
ぼくら人間は
知覚できていません





つまるところ
タイトルのとおり
この世界は
「「自分のこと」しか
知覚することができない世界」

としか
言いようがないんですね




では──

結局のところ
人間同士が
錯覚としてではなく
本当の意味で
ダイレクトに繋がれる手段は
どこにもないものなのか?





いえいえ
そもそも
この疑問の前提
間違いなのです




「2」の世界(因果の世界)では
脳の働きによる
錯覚的な作用でしか
ぼくら人間が
繋がれていなくとも

ぼくらは
この世界の
根源となる領域
「0」の世界を通じて
ハナから
繋がっているし

繋がっていなかったことなど
これまで
一度たりとも
起こったことがないうえに

この先も
繋がりが
途絶えることは
決して
起こりえない
んですね
xeno-the-human-connection-e1471597077141_convert_20181014120434.jpg
出典:beherenownetwork.com



そしてぼくらは
その繋がりを
ほとんど無自覚に
体感する体験を
おりにふれて
くりかえしている
のですが──

そのお話は
また別の機会に(^_^)





ここ最近
寒くなってきました
風邪などひかぬよう
ご自愛ください

今日も
ありがとうございました





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「自己愛」すべての人間に生えた見えない翼 ~⦅P7ビジョン⦆~

10月もお越しいただき
ありがとうございます

台風24号が
うちにも
全国的にも
多大な爪痕を
残していきました



そんな
台風一過の
今日ですが
ぼくの言葉の
主軸ともなっている
「自己愛」についての
お話です





どんな映画や
物語にも
必ずや
なにかしらのテーマや
方向性や
メッセージ性が
「主柱」として
その「作品全体」を
支えているように




この宇宙
この世界もまた
一貫された
主柱を背景に
すべての現象が
成されている

ぼくは
「0」の世界のビジョン
⦅P7⦆のビジョン
から
感受しました




その
「名もなき主柱」
となるものに
あえて
言葉を
添えるなら
「自己愛」
現時点では
呼ぶしかありません





この世界において
「自己愛」を
宿していない
人間は
一人もなく

「自己愛」を
宿していない
動植物もなく

いかなる生命体も
まず初めに
「自己愛」を経由せずして
世界と交わること
いかなる行為をすることも
決してできません





どんなに
他人のために
献身的に
尽くした人物も

自己犠牲を省みず
身を盾にして
何かを守ろうと
つとめた人物も

実はどれもが
「自分のために
やっていること」

なんですね




すべての
利他的な行動は
(利己的な行動も同じく)
まず始めに
「自己愛」の衝動を
経由してのち
行動(思考や運動)へと
移行することができます





他人を
救いたい
自分を
犠牲にしたいと思う
その衝動の
根底には
必ずや
そうすることによって
納得できる自分
救われる自分という
根源が
横たわり

すべての利他は
そこから湧きあがった
衝動からの
利他
なのです






「自死」
「自傷」
同じです

だらけて
ぼーっとして
無駄に時間を
過ごすことも

我慢できずに
暴飲暴食や
性的快楽に
走ることも




たとえ
その選択が
無自覚で
短絡的で
誰が見ても
悪い結果でしかない
選択にしか
見えないとしても
「今よりよくなりたい」
あるいは
「今より楽になりたい」
という
「自己愛」を
経由したからこその
「選択」
なのです





ぼくが
つねづね
ブログを書くことが
「自分のためであり
他者のためでもある」

というニュアンスのことを
くり返し書く理由は
ここにあります




この世界は
「自分のために」を
経由せずして
他者のために
何かをすることが
できない(ようにできている)
世界
なのです





ブッダ(釈迦)イエスに代表される
利他的に
立派に生きたとされる
過去のすべての
偉人たちもまた
自己を
愛さずにはいられない
あらがえない衝動と
その人の人間個性や
経験や価値観とが
化学反応を起こした
その結果としての
利他的行動が
そこにはありました

利他的人間にとって
利他的行動が
自分を救う
最善の道
なのです





ブッダやイエスが
他の利他的な人々と
ちがうところが
あるとすれば

「そのこと(自分のためにやっていること)を
自覚していた」
という

この一点に
尽きます





人間は
もちろんのこと
動植物も
昆虫も
微生物も
ウイルスさえも

この世界に
「わるくなるため」に
生まれて来る生命体など
ひとつもありません





仮に
「わるくなるため」に
生まれてくる生命体が
存在するとすれば

その生命体は
生まれた瞬間に
真っ先に
自分に刃を向け
身体を痛めつけ
ひたすらに
死への方向性に
向かうだけの選択肢を
進んでいくことになります


それでは
生命が存在すること
命のバトンリレーが
行われること
そのものが
そもそも
起こりえない
んですね





いかなる生命体も
言い知れぬ「衝動」
突き動かされながら
ただただ
日々を生きていて

その衝動(自己愛)の
方向性のままに
たとえそれが
間違った選択だとしても
毎秒毎秒
瞬間瞬間に
そのときそのときの
自分にとっての
「最善」を
選択し続けている




この
「不動」の
「自己愛」は
「愛する」「愛さない」
「好き」「嫌い」
といった
この世界の
二元性や
時間軸を
超越します







「この世界
この宇宙が
愛である」

とは

スピリチュアル界隈の
常套句のひとつですが

ぼくが本日
書いたことに
照らし合わせるなら
あながちそれも
間違いではない
とも
言うことができます




ですが
利益優先で
語られる「愛」
とは
二元性のなかの
「愛する」「愛さない」レベルの
吹けば飛ぶ「愛」
にすぎず




二元性を
超えない「愛」は
諸行無常の
気まぐれに
もてあそばれる
永遠にはほど遠い
使い捨て(幻想)の「愛」





なので
もう少しその
使い古された「愛」に
いまこそ
厳密さを加え

「この世界
この宇宙は
(二元性を超えた)
自己愛である」


本日は
言いきってみたいと
思います




仮にその
「自己愛」を
「神」と呼ぶのなら

「神」による
「神」自身への
マッチポンプな
自己愛
それが
リアリティを持って
現出したものが
ぼくたち人間であり
すべての生命体であり
この世界
この宇宙

であると
言えるのかもしれません




この理解が
強靭な「自己肯定」となり
あなたに定められし
「縁起の道ゆき」に
降りかかる

逆境のうねりに
吞みこまれることなく

順境の輝きに
頼む必要なのない

自己愛の
底力を
埋火のように
ともしてくれることを
祈っております





今日も
ありがとうございました

明日は
代表的な
「自己愛」の伝道者
ぼくが考える
この人物について
お話する予定です
doctrineofchrist_convert_20181001123932.jpg
出典:knowhy.bookofmormoncentral.org


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をクリックいただけましたら幸いです。

以下の
アースフルネス「7」ビジョンについての解説は、
哲学やスピリチュアルに馴染のない方は
難しく感じるかもしれません。
それぞれの世界の動画解説もあるので
まずは動画をみていただくことを
お勧めします。

  「2」の世界(天秤世界&父性世界)についての解説
  「1」の世界(縁起世界&母性世界への扉)についての解説 前編  後編
  「0」の世界(悟り世界&母性世界)についての解説 前編  後編

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