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「悟った人」は一人も存在しない世界 後編

本日もお越しいただき
ありがとうございます


昨日の記事
「悟った人」は一人も存在しない世界 中編
では
「悟った人」は
一人も存在しない
その「証明」
試みました




ぼくは
過去
自分が
「覚者」だと
名乗り出たことは
一度もなく

「覚醒したとしか
言いようがない
体験をした」

といった
ニュアンスのことだけ
都度
お話してきました




「覚者」と
名乗ることなく
ここまで生きて来て
今もってなお
「覚者」の肩書を
持とうとしない理由

昨日の記事のとおり




いかなる覚者も
いかなる覚醒体験者も

「よろこび」「かなしみ」
「好き」「嫌い」
「光」「闇」
「上」「下」
「長い」「短い」
「いい」「わるい」
といった
「二元性」という
この
「リアル人生ゲーム」の
ルールに反し
カスタマイズされた
裏技的ビジョンを
事故的に
享受した
だけの
一人の人間

ひとつの肉体と
ひとつの主観を
やどした
ギターが
得意な人や
泳ぐのが
得意な人や
絵を描くのが
得意な人と
おんなじ

特別でも
なんでもない
強くもあり
弱くもある
どこにでもいる
生身の人間

だからです




では──

覚醒体験
そのもの
真理的
気づきを得たこと
そのもの
には
果たして
なんの意味も
ないものなのでしょうか?




ぼくは
そうは思いません





ぼくには
「覚醒体験をした」
という
自負があり
その体験が
あるからこそ
見える世界があり
伝えられることがあると
こうして今も
ブログを書くことを
くりかえしているわけですが




実は
ブッダ
おそらくは
キリストもまた
本質的には
同じことを
しようとした

だけのことなのです




涅槃(彼岸)の
境地

到達することこそが
輪廻からの
解脱
であり
人間の
最終目標
であることを
教え示したと
伝えられることが多い
ブッダですが

決して
そこ(涅槃)から
動かずに
とどまれ
とは
ぼくが知る限りでは
言ってないんですね




「涅槃(彼岸)」は
死後の世界のこと
ではなく
「今のここ(此岸)」に
あります

輪廻からの
解脱とは
くりかえされる
生まれ変わりの
連鎖からの
解脱などではなく
くりかえされる
偏見や
思い込み
狭い視野からの
解脱です





ブッダは
あるがままの世界(彼岸)を
体得したなら
そこからが
この世(此岸)における
新たなる
スタートラインであり
折り返し地点であり
彼岸から得たものを
此岸に実現させながら
生きよと──

むしろ
それこそが
大事なことだ


言いたかったのだと
ぼくは解釈します




禅宗に伝わる
「十牛図」という
悟りの
10段階の
プロセスを描いた
10枚の絵詩が
ありますが

10番目の
入鄽垂手(にってんすいしゅ)
まさに
同じことが
記されています
d0178825_9293918_convert_20180915141026.jpg
出典:www.lifedesignmethod.jp




極楽浄土に
往生した人が
人間の姿として
再びよみがえり
他者を導くという
浄土教
還相回向(げんそうえこう)の
教えのなかにも

ブッダの
真意が
形を変えていった
その形跡

見ることができます




よくもわるくも
大衆が
のみこみやすいように
するための
後付けの
「死後の世界」
という
配慮だったのかも
しれませんね




「NO苦行」
「NO出家」
「NO妻帯」

といった
ストイック要素の
ほとんどを排した
大衆目線の
そのかいあってか
派生宗派の
浄土真宗
日本で一番
普及している
仏教だと
言われております





話がそれましたが
最後に

ブッダが
そう望んだからと言って
すべての人が
十牛図のとおりに
生きるべきだなんてことは
ぼくは
微塵も思いません

ぼくのように
やりたい人が
やればいいだけの話で
ぼくのような人間の
ビジョンを
活かしたいと
思った人だけ
それを活かせばいいだけの
話です




それでは
みなさんの
これからの人生が
これまで以上に
豊かなビジョンで
あふれますように





小難しいお話が
三日間続きましたが
みなさん
お付き合いくださり
ありがとうございました

記事のきっかけを
くださった
ひまわりさんも
ありがとうございました





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「悟った人」は一人も存在しない世界 中編

本日もお越しいただき
ありがとうございます


昨日の記事
「悟った人」は一人も存在しない世界 前編
では

ぼく自身は
もちろんのこと
「悟り」を語る
どのメッセンジャーも
過去の
あらゆる
聖人たちにも
「悟った」人も
「覚者」となった人も
一人として
存在しないことに
ぼく自身が
気づくことになった


というところまで
お話ししました





では
早速ですが
どうして
そんなことが言えるのか




昨日も
お話ししたとおり
「覚醒」や
「悟り」にまつわる
そのすべては
肉眼では
確認できない
その特性ゆえに
「覚者」
という存在は
「悟った」ことを
証明できるような
物的証拠も
ボーダーラインも
示すことができません





「自己申告」
あるいは

「あの人は
ホンモノだ」
「この人は
真理を見たにちがいない」
といった
「他者からの評価」

でしか
「覚者」であることを
示すことができない
そんな
なんとも曖昧な
存在です




なのですが
考えてもみてください
「評価」を与える他者とは
「悟り」を知らない
「未覚醒の他者」

です

仮にも
覚醒した
「覚者A」
その人が
「覚者B」に対し
与えた
「評価」なのだとしても
その「覚者A」もまた
「自己申告」か
「未覚醒の他者」からの
評価によって
祭り上げられた
「覚者」という──

この
本末転倒
お分かりいただけるでしょうか




事実
このぼくもまた
覚醒体験の
フィルターをとおした
メッセージ

ブログにつづっていた
その頃
自分が「覚者」であるとは
タイトルにも
記事にも
ひと言も
書いていない

にもかかわらず
「どうすれば悟れるのか?」
「覚者の気分はどんなものか?」
といった
「覚者」を前提とした
コメントが
多く寄せられました





質問者のなかで
質問する前から
すでに
「覚者」とは
こういうものにちがいない
というイメージが
できあがっている

ことが
見て取れるわけです





もうひとつ
11日の記事
ロボット(AIBO)は「こころ」「魂」を宿しているか
では

ロボットに
「こころ」と
「魂」とを
見た
その人は

自分自身の
「こころ」と
自分自身の
「魂」とを
ロボットという
「鏡」
あるいは
「通路」を通じて
見ていると
言うことができそう
なのです

というお話を
させていただきました




実は
「覚者」
という概念もまた
「こころ」と
「魂」と
究極的には
おんなじ




ブッダでも
キリストでも
現存する覚者でも
みんな
おんなじ
です





あなたが
見ている
その覚者が
「覚者」たりえるのは

あなた自身の
なかにある
「覚者(のイメージ)」を
その覚者とおぼしき
人物を
「鏡」として
「通路」として──

「あなた自身の
なかにある
あなたの覚者」を
そこに見ているから

なのです




初投稿記事
「アースフルネスとは? 前編」にて
ぼくが
この世界において
純度100%の
あるがままを
見ることはできない

断言している意味が
ここにもあります





仮に

この二元世界を
超越した
純度100%を
体感できたとしても
その体感が
ひとつの肉体を持った
一人の主観から
言葉として語られる
その瞬間に──

その純度はすでに
100%ではなく






だからこそ
高純度の
覚醒体験をした
覚者であればあるほど
体験そのものを
言葉で語ることを
避けたがる
傾向があります

なぜなら
言葉にした瞬間に
それは
「二元性の混ぜもの」が
加わった
「ニセモノ」に
なってしまうから





たとえるなら
最高級ワイン
「ロマネ・コンティ」

RomaneeConti_convert_20180914120453.jpg
出典:winenews.it


言葉にした瞬間に
「料理用ワイン」へと
格落ちしてしまうという
いたたまれない結果に
なってしまうわけですね





ぼくが日々
こうして
ブログを書くことは
ある意味
言語化できない
ロマネ・コンティの
「鋳型」を形成する
作業

と言えるのです





では
みなさんが
読み疲れてきた
ころあいだと
思われますので
今日はここまで




明日は
一番肝心なところ

じゃあ
ぼく自身も含めた
「覚者もどき」たちの
その存在には
意味がないのか?

について
お話ししたいと思います



今日も
ありがとうございました




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「悟った人」は一人も存在しない世界 前編

本日もお越しいただき
ありがとうございます


今日から
三日間続く記事は
一度読んだだけでは
理解しがたい
内容かもしれません




また
「特定の宗教」
信仰している方や
真剣に
「悟り」の道
志している方は
不快に感じる
可能性がある
内容です




正しい
用法も
用量も
示すことができない
内容なので
それでも
読みたいと思った
もの好きな方だけ
読み進めてみてください




前置きとして
もうひとつだけ
言えることは
この記事もまた
アースフルなビジョンの
多角性の
そのひとつにすぎない

ということです





このブログでは
封印するつもりでいた
「悟り」
「覚醒」

といった
世間一般的には
異次元的なイメージの
特異な概念についての
お話です




一昨日の記事
ロボット(AIBO)は「こころ」「魂」を宿しているか
に対し
ひまわりさんから
こんなコメントが
寄せられました



心と魂の違いを覚者は分けていると思います。

お釈迦様は心は「移ろいゆくもの」として捉え、魂を「永遠のもの」として捉えたと思うのですけど、間違ってますか?

私自身も心は「この世のもの」として捉えています。心は「魂の一部」と「動物としての性」によって構成されていると思います。

魂は「永遠」かどうかはわかりませんが、「あの世とこの世の境のないもの」「自分であり、他者であり、集合体の一部」として捉えています。

正解を知る由もありませんが。






初めに

>お釈迦様は心は「移ろいゆくもの」として捉え、魂を「永遠のもの」として捉えたと思うのですけど、間違ってますか?

という部分なのですが
お釈迦様(ブッダ)
そもそもの
「心」
「魂」
「永遠」

といった
あらゆる概念を
「実体」として
認めていなかったと
されているので

仏教の
本質的な見地から
読み解くなら
誤りであると
言うことができると思います





ですが
ブッダとイエスが「紙」に言葉を残さなかったその理由
の記事でも
お話ししたとおり
2600年前のことですから
現存する
あまりに膨大な
宗派や仏典の
どこから
どこまでが
ブッダ本人の
意図するところだったのか
誰にも
確かめようがありません

まさに
ひまわりさんが
おっしゃったとおり
正解を知る由もありません




そんなことより
今回
記事にさせていただこうと
踏み切った
きっかけになったものは
何より
以下の
一行目に記された
「覚者」というワードです



>心と魂の違いを覚者は分けていると思います。





「覚者」とは
世間一般的には
「悟った人」という
認知のされ方ですが

「覚者」
「悟り」

という
本来なら
定義不可能な
概念に
あえて
このブログならではの
定義を加えるなら
グーグルアースの
ズームアウト機能の
その限界値を超えた
先にある
全宇宙が見渡せる視点
というよりも
全宇宙
そのものになった視点
である

言うことが
できそうなのですが




ぼくは過去
その
「覚者」や
「悟り」についての
トピックも含む
ブログを
名称を変えながら
数年間
続けてきました




そんなブログを
スタートさせるに
至ったのは

ブッダが
菩提樹の下で
悟りをひらいたように
ぼく自身にもまた
「覚醒体験をした」
確信せざるをえない
特異な体験が
あったからで

そこから
得たものが
多くの人の
役に立つかもしれない
という
ある種の
全能感と
同じような同士が
他にもいることを
知ったことからの
行動だったのですが──




「覚者」と呼ばれる
同士たちと
接していくなかで
あるときぼくは
気づいてしまったんですね




自分自身は
もちろんのこと
「悟り」を語る
どのメッセンジャーも
過去の
あらゆる
聖人たちにも
「悟った」とされる人にも
「覚者」とされてる人にも
「悟った人」は
一人として
存在しない
ことを



そして
この気づきこそが
本当の意味での
「悟り」であり
「覚醒」でもあり
「スタートライン」だった

のです





そう理解した
その理由は──

次の記事に
ゆだねます

それでは
また明日

今日も
ありがとうございました




無題_convert_20180913132015
お風呂が気持ちいい
季節になって参りました




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