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「アースフルネス」とは? 後編

本日は
前回の記事
「アースフルネスとは? 前編」の続きです。





みなさんは
グーグルアースで遊んだこと
ありますか?
遊んだことがない方は
ぜひ一度お試しください。

こちらをクリックすると遊べます→ GOOGLE EARTH

明日から更新されていく
このブログの意図する方向性や
実生活に活かすためのイメージが
より掴みやすくなると思います。






グーグルアース
10年以上前ぐらいのことだったでしょうか
ぼくが初めて遊んだときは
ただただ
おどろきの連続でした。
技術の進歩も
とうとうここまで来たのかと
おくちあんぐり状態でした。

「こりゃ地球上のどこに逃げても
逃げられない
ディストピア映画の世界もそう遠くないなあ」

などとドキドキしたものです。
もはやちょっとした世界旅行ですもんね。




その頃はまだ
ネット環境が貧相だったこともあって
通信速度が重く
地図がなかなか鮮明に映らず
フォーカスしたい場所に
ピントが定まらず
イライラしながら
マウスを動かしていたわけですが




この
見たい場所がはっきりと見えていない状態
あるいは
見えたことにしてしまっている状態
もしくは
見ないようにしている状態
こそがまさに
前回の記事で言うところの
盲目(こころの苦しみ)状態です。





マインドフルネスを
グーグルアースに置き換え
読み解くなら
フォーカスしたその場所に対し
肉体的精神的に
自分がどう感じ何を思っているのか
第三者視点で
注意深くピントを定め
鮮明に映し出す作業
そしてその精度を
上げていくための
レンズのスペックアップ(あるいはメンテナンス)

そんなふうに
言うことができるかもしれません。





人が悩んだり
こころが苦しい
主となる理由は
その場所(自分にとって問題となっているもの)が
精確に見えていないがために
自分の偏った経験則や価値観
根深い思い込みによる
自己都合な解釈で
そもそも
存在しないはずの苦しみの種を
わざわざ自分で蒔いて
わざわざ育てているから。


そんなふうに
見ることができるわけです。






ぼくの場合もそうでした。
人間関係のトラブルも
金銭的な問題も
大きな失敗や後悔も
立ち直れるとは思えないほどの挫折も
未来に希望が持てない倦怠感も
過去に起きたあらゆる苦しみが──





今にして思えば
なんであのときは
そのときそのときの問題が
そこまで悩み苦しむほどの問題じゃない
ということに
気づけなかったのか…
というものがほとんどです。





不思議なことに
時間が経って振り返ってみると
切実だったはずの多くの問題が
笑い話になってしまったり
黒歴史として自虐ネタになってしまったり
「あのときがあったからこそ
今の自分がある」

なんていうふうに
視点や考え方が
180度(あるいは90度でも45度でも)
変わってしまう
ということが
人間には
ほとんど無自覚に
起こることがあります。
だからこそ人間は
どうにか前に進むことができる
生きものであると
言うことができそうなのですが




「あのときああしてれば…」と
後悔にさいなまれ続ける人

マイナス要素を
プラスに変換する
筋力のようなものを持った人
とで
いったい何が違うというのか。







ぼくが思うに
それは
問題が発生したそのときから
現在までに積み重ねてきた
問題との距離感だったり
記憶や思考が整理されたことだったり
新たな価値観に触れたことによって
自然発生する
問題の「多面化」「多角化」の波
うまいことつかまえた人か
つかまえられなかった人か

にあると
ぼくは考えます。




どこを見渡しても
海しか見えず
途方に暮れていた画面から
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出典:Google Earth Pro

ズームアウトしていくと
どうにか泳ぎ着けそうな
陸の孤島が見えてきたり
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出典:Google Earth Pro



ひとすじの川が
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出典:huffingtonpost.com

同じくズームアウトしていくと
いろんな形に曲がりくねっていたり
他の多種多様な川とも繋がっていることが
見えてきたりするように

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出典:hockyyudhiono.blogspot.com






この世界は常に
その多面的かつ
多角的な姿を
ぼくたち人間に提示することを
24時間
決してやめることがありません。






発生したひとつの問題を
いろんな角度
いろんな距離から
見ることができることを
この世界
この地球は常に
たゆみなくぼくらに
教えてくれています。





ポリゴナルウェーヴ(多角の波)
キャッチし
問題の全体像がつかめたその瞬間
問題は理性的に整理され
無理なくポジティブにとらえ直すことが
可能になる

ということが
ぼくら人間には
いつだって起こりえるわけです。






まれに
問題を吹き飛ばすような
幸運が
それをもたらすことも
ないわけではありません。
「一億円当たった!」とか
「イケメンゲットした!」とかね笑





ですが
大金やイケメンのさじ加減で
簡単に左右されてしまう人生では
それまであった問題は
解決されたように見えて
実は解決されたことになっていませんし
せっかくのその幸運が
時を待たずして不運へと
転落することにもなりかねません。

ましてや
目の前の問題が
一撃で吹き飛ぶような
さらに強力な問題が訪れたそのとき
ぼくらはいったい
どうその困難を
乗り越えていくことができるのか




そんなときこそ
無尽蔵に湧きいづる
ポリゴナルウェーヴをキャッチするための
そのいち助となるものとして
アースフルネスという新概念を
ぼくは思い立ちました。





アースフルネスは
マインドフルネスによる
早期の目覚め(あるいは気づき)
感情との同化によって受けるダメージの軽減
精神的な落ち着きや安定感

などの効能に加えて
視点の柔軟性
多様な幸福のカタチ
価値観の違う他者への理解
ひいては
肉体的な健全
をも
もたらしてくれます。



日ごろから
アースフルネス的視点(波乗りテク)を
鍛錬することによって
日々の物事をとらえる視点が
豊かにいろどられてゆき
「多角的」の文字通り
「角」はどんどんと増えてゆきます。





「角」は
少なければ少ないほど
他人も自分をも傷つける
鋭利な刃(やいば)ですが
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こんなふうに
0022_convert_20180802195311.jpg


「角」は
多ければ多いほどに
球体へと近づいてゆきます。
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そして
「角」が増えていくということは
純粋な円形に近づいていく
と 同時に
「角」が取れていく
ということも
意味することになります(ふしぎなものですね!)。
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雑な絵ですいません笑





「角」が
取れれば取れるほどに
他人も自分をも
傷つけてしまうダメージは
軽減されてゆき
受け入れがたかった出来事が
受け入れられるようになったり
受け入れがたかった人間を
少しだけ受け入れられるようになったり
受け入れがたかった価値観や分野もまた
面白いと思えるようになったりしながら
世界の見え方が変わってゆく
自分なりの人生の突破口が見えてくる

まるでミラーボールのように
その多面的球体は光輝きだし
みなさんの人生のダンスフロアは
サタデーナイトフィーバーする人々で
あふれかえるかのように
豊かなものに
変化してゆくんですね。


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出典:AYOBOGOR.COM



そんなふうにして
いつもの
あたりまえの日常が
まったく違って見えてくるし
まったく違って感じられてくる
そのことはそのまま
時間はかかるかもしれませんが
人生の豊かさへと比例してゆく。
これこそが
アースフルネスの真髄ではないかと
現時点でのぼくは
考えます。






様々なカルチャー
様々な分野の人物の言葉
ぼくの日常の出来事などから
切り取り
日々更新される
このブログを熟読してくださることは
アースフルネス的視点の鍛錬に
そのまま直結します。

ぜひともご活用ください。





ブログは
ぼくの一方通行な発信作業ではなく
ぼく自身の鍛錬でもあり
読者のみなさんとの
共同作業でもあります。


この世の
あらゆる言葉は
読み手に読まれたその瞬間に
初めて命が吹き込まれるもの

であると
ぼくは思うからです。



そして
マインドフルネスの道が
終わりなき旅であるように
あらゆる表現や職人の道もまた
終わりなき旅であるように
アースフルネスの道にもまた
最果てが訪れることは
決してありません。

だからこそ
果てなく面白く
人生を懸けるだけの価値や
人生における豊かさが
無限にあふれていると──
そう確信するんですね。







そんなあんばいで


それでは
明日からよろしくお願いいたします。

とても長くなりましたが
最後まで読んでくださり
ありがとうございました。





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普段の記事は
もう少し短くまとめたい(切実)






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「アースフルネス」とは? 前編

初めまして
このブログの筆者
友資(ゆうすけ)と申します。

東京にて
介護福祉士をしながら
毛がある生きもの少数と
毛がない生きもの多数に囲まれつつ
つつがなく暮らしております。






さて
自己紹介はほどほどに
さっそく本題へ。




「アースフルネス」とは




「グーグルアース」
「マインドフルネス」






このふたつのツールとメソッドを合わせた
ぼくの勝手な造語
そして新概念の提唱でもあります。






「アースフルネス」のくわしい説明の前に
そのもとになった片割れ
特に「マインドフルネス」のことを
知らない方が多くいらっしゃると思うので
その説明を少し。




マインドフルネス?
そんなのもうわかってるよ!
という方は
後編からどうぞ。







ちなみに「グーグルアース」
宇宙から見る地球の全体像から
地上を歩く人の顔を
判別できるレベルの精度で(実際はぼかされてます)
様々な位置や角度から
世界中を旅するように
探索することができる
グーグルが開発した
ネットツールです。








さて
いま

みなさんの肉眼が
ピントを合わせているもの
それはパソコンか
スマートフォンか
あるいはタブレットか
なにかしらの電子機器のモニターに映し出された
文字の羅列かと思われますが──





仮に目の前に
「リンゴ」が置いてあるとしましょう。



では
そのリンゴを手に持ってみてください。



そして
みなさんが持ちうる全感覚を総動員し
リンゴを感じてみてください。









重さや質感
香りや色合い
温度や湿度



加えて
リンゴに対して反応した
連想だったり
こころの動き



「食べたいなあ」
という欲求だったり
「蜜入りリンゴかなあ」
と中身が気になってみたり
人によっては
リンゴにまつわる過去の記憶
あるいは
未来に向けてのインスピレーションを
想起された方も
いらっしゃるかもしれません。






このようにして
生きている限り
避けがたく
オートマチックに
自らに起こりつづける
肉体的な感覚と
精神的な反応がささやく
あるがままの問わず語りを
能動的に観察し
気づきつづける




その試みを
最近では「マインドフルネス」と呼び
関連書籍も多く出版され
実践者は今や
世界中に分布し

一般個人はもちろんのこと
バスケの神様と呼ばれた
あのマイケル・ジョーダン
195196-004-5E6E14B4.jpg出典:britannica.com

世界ランキングトップクラスのテニスプレイヤー
ノバク・ジョコビッチなどのプロアスリート
novak-djokovic-dubai-tennis_3269733_convert_20180802145201.jpg出典:skysports.com


社員のストレス軽減
コミュニケーション能力の向上や
集中力や生産性などの
ポテンシャルを引き出すために
マインドフルネスを研修として取り入れる
そんな企業も多くあるそうです。

(ちなみにグーグルアースの生みの親
「GOOGLE(グーグル)」もまた取り入れているいち企業で
こんな本まで出版されています)







マインドフルネスは
現代的にアレンジされたメンタルメソッドで
特段に新しいメソッドというわけではなく
古代インドを起源とし
仏教の修行法としても発展を遂げた
瞑想法の現代版です。





ただ「瞑想」とだけ聞くと
座して静止するイメージが思い浮かびますが
静止することだけが瞑想ではなく
動きながらする瞑想法もあるんですね。




たとえば
上座部仏教や禅宗の修行者は
衣食住の日々の生活
そのすべてのリアルタイムにおいて
瞑想しつづけること
を試みます。
(マインドフルネスと禅とは
本質的に違うという見解もありますが
そのことについては
また別の機会に)





ではいったい
いつでも「瞑想状態」にあること
そうではないぼくたちの
いつもの日常生活
なにがちがうのか。





それはというと
「第三者的視点」のあるなし
違いがあると言えそうです。




どういうことかと言いますと
「観察」とは
観察する対象になる何か
そこになければ
「観察する」という行為はできません。





小学生のときにやった
アサガオ観察日記もまた
「アサガオ」という観察対象が
そこにあるからこそ
「観察する」という行為を
成立させることができます。





つまり
自分自身を
(たとえば)30センチくらい後ろから
冷静に観察している
もう一人の自分
がそこにいなければ
「自己観察(瞑想)」は成立しないことを意味します。







人は怒っているとき
怒っている自分を
観察する余裕などありません。

うれしいときも
かなしいときも
不安なときも
気分がのらないときも
思考や肉体活動は
その感情と一体化します。

「恋は盲目」と言いますが
盲目を誘発するのは恋だけにあらず
あらゆる感情が盲目を誘発するというのが
ことの真相のようです。







この盲目状態からの
早期の目覚め(あるいは気づき)
感情との一体化によって受ける
ダメージの軽減
精神的な落ち着きや安定感

などの効能を期待できるのが
マインドフルネスなんですね。

偏った感情に流されて
ぼやけて見えていたリンゴの
あるがままの姿が見えてくるがごとく
理性が感情を整理してくれるのです。






とはいえ
向き不向きがあるのは
もちろんのこと
仕事や学業競争に追われる日々に加え
動画サイトやモバイルゲーム
芸能ゴシップやネットショッピングなど

こころの隙間や傷を
(一時的にですが)埋めてくれる
万能快楽ツールを
ポケットから
いつでもどこでも取り出せる
そんな現代人ですから
よほど肌に合うと思えた人や
自己管理能力の下地がある人でなければ
長続きしないメソッドでもあります。





加えて
そもそも──




ぼくたち人間は
「純度100%のあるがままのリンゴ」
目の前で起きた現象や諸問題の
「純度100%のあるがまま」
見て取り
読み取り
感じ取ることができるのでしょうか?






できません。




なぜなら
昆虫たちや
鳥たちや
魚たちの身体機能でもって
感じ取れるリンゴが
人間とは同じではないように

「量子力学」の観点から
リンゴをとらえるなら
他の生命体や無機物と同じく
同じ粒子の集合体であるように

ましてや
同じ人間同士においても
リンゴの見え方や感じ方が
千差万別であるように──






純度100%のリンゴ
純度100%のあるがまま
純度100%の世界を見ることは
ぼくたち人間が
「人間肉体」と「主観」を持った「個」という存在である限り
未来永劫に不可能
なわけです。






ぼくは
マインドフルネスを
否定したいわけではなく

ただそれは
人生における学びと同じ
どこまでも果てなく
終わりなき旅であるということを
お伝えしたいだけのことです。






さて
次回後編は
ようやっと
「アースフルネス」のお話です

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「アースフルネス」とは?後編




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難しく感じるかもしれません。
わからないところがあれば、遠慮なく質問してください。

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  「1」の世界(縁起の世界)についての解説 前編  後編
  「0」の世界(悟りの世界)についての解説 前編  後編

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